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第七十九話

 攻略組が自動人形を開発し、ルーリックにもプレイヤーの数が増えてきた頃。ライトはというと、


「ぬぉぉぉぉ!!!! 死ぬ、死ぬ!!」


 巨大な熊に襲われていた。見た目はヒグマのようだが、その体躯は数メートルはある。


「ほーれ、はよどうにかせんと潰されるぞい」

「だったらこれ外しやがれ! そしたら直ぐにでもぶっ倒してやるよ」

「それじゃ修行にならんじゃろ」


 その熊の背中には、白い髭を蓄えた和服の老人が一人。良くみると、老人の乗る熊の首元には厚い毛皮に埋もれそうになっている鈴付きの首輪があった。どうやらこの熊は老人のペットのようなものであり、ライトはそれに襲われているということだ。なぜ、こんな事になっているのかというと、話は少し前に遡る。






「忍者としての修行?」

「そうじゃ、お主も中々に鍛練を積んでいるようなので、里での修行を受けさせようと思っての」


 マウンテンゴーレムのコアを(いじ)っていた翌日。ライトを忍者とし、今も持っている小刀を託してくれたソウジから呼び出しを受け、わざわざグレンデンまで戻ってきたと思えば、いきなりこんな事を言われたのだ。


「俺に拒否権はないのか?」

「別によいが、里では忍術だけでなく体術も教えてくれるぞい。体術主体のお主にとっても損ではないと思うのじゃが」

(ふむ、そう言われるとそうだな。そろそろ体術のいい攻撃アーツが欲しいと思っていたところだ)


 ライトは、出された自分の分の和菓子を隣に座るトイニに押し付けると、茶を一気に飲み干して立ち上がる。


「オーケー、その話受けた。忍術の体術ってのにも興味あるしな」

「その言葉を待っておったんじゃ。ほれ、この地図の通りにルーリックにある森の先へ行けば忍術の里はすぐ見つかるじゃろ」

「了解。それじゃ、さっさと行ってきますか」


 ソウジから巻物式の地図を貰い、ライトは部屋を後にする。横に座るリースもそれについて立ち上がり、少し遅れて和菓子をお茶で流し込んだトイニが立ち上がっていった。


「……さて、無事に生きて帰れるかの」


 一人、残されたソウジはそんな事をぼそりと呟くのであった。



 ルーリックから地図を便りに進むこと三十分。地図ではここが忍者の里となっているのだが、


「何もないね」

「そうだな」


 回りは依然として森、森、森。辺りを見渡しても一切人里らしきものは見えない。すると、


「ねえ、ライト。ここ、なんか魔力の流れがヘン。何か隠れてるみたい」

「おっ、よく気づいたな。流石妖精だな、魔力についてはお手のものか」

「どういうこと?」


 隣を飛んでいたトイニが、眉間にシワを寄せて不思議そうな顔をしながらそう言った。

 ライトはトイニが指差す方へ一歩進むと、地面に膝を付き巻物を広げると、


「解!」


 その上で印を結ぶ。すると、辺りに生い茂っていた草木はまるで霧のように霧散する。そして、


「ま、忍者の里が普通にあるわけないよな」

「なるほどね、忍者の里って言うだけあるよ」


 次の瞬間にはライト達の目の前には里の門が出現していた。恐らく何らかの方法で隠していたのだろう。ライトが貰った地図に書いてあった解除印を結べば、この通り簡単に見つけられるが、そうでなければ見つけられずこの森をさまよう事になっていたに違いない。


「忍者の里に何用だ。この里は普通には見つけることすらできない筈だが」

「忍者としての修行に来ました。こちらが紹介状です」


 里に入ろうとすると、門番に止められるがソウジに貰った巻物を渡すと¨ついてこい¨と短く言われ通される。

 里の中は木造平屋や田畑が点在する集落といった印象を受ける。そして、そのまま一番大きな屋敷にライト達は通された。


「お主がライトか、話はソウジから聞いておるぞ。中々に優秀らしいな。ワシはジフ、ここでの修行を担当する」

「はは、そんな事ないですよ。自分はまだまだです。だからこうして修行をと思ってここに来ました」



 通されたのは大きな道場のような場所。壁には小刀や手裏剣や鍵縄(かぎなわ)などの武具が立て掛けられ、普段はこれかを使った特訓をしているのだろう。

 白い髭を蓄えた老人は、向かい合わせに座ったライトと軽い社交辞令的な挨拶を済ますと、


「さて、本題に入ろうかの。早速じゃがお主にはこれをつけてもらう」

「これは?」


 ジフから手渡されたのは二つの手枷。不思議がりながらライトはそれをつける。


「それは移動を制限する手枷じゃ。詳しく言うと移動系のアーツを制限する物じゃな」

「へ?」


 いきなり自身の強みを消されかねない事を言われ、思わず声が出たライト。それを無視するようにジフは立ち上がる。


「そら、修行へ行くぞい。早くせい」

「あ、はい」


 手枷をつけて試しにステップを使おうとしたが、発動すらしなかった。確かにこの手枷をつけている限り、ステップ等の移動系のアーツは全滅だろう。それは、高いAGLを生かした高速戦闘が強みであるライトにとってはかなりの痛手だ。

 しかし、四の五の言っても仕方ない。ならばできるだけ早く修行とやらを終わらせるしかないだろう。


「頑張ってね、ライト」

「頑張ってねー」


 トイニとリースの二人は使用人らしき人につれられていってしまったので、ライトはジフの後を急いで追う。

 一度里の外に出ると、ジフは指笛を鳴らす。森を透過するような音を聞いて出てきたのは、


「最初の修行はこれじゃ、お主には今からこやつの首に付いた鈴を取って貰う。取れたら試験終了じゃ」

「鈴を取れたらって……」


 熊であった。それも巨大な。大きさからしボスゴブリン程の巨躯に加え、膂力(りょりょく)はそれ以上だろう。ライトがまともに一撃貰えば即死しかねない。

 そんな存在相手に移動系のアーツなしで首輪の鈴を奪えなど、かなり無茶な要求である。


「まあ、三日で達成出来れば上出来じゃろ」

「ちょ、まだ準備が」

「言い訳無用!」


 ジフが背中に乗ると、熊は一つ雄叫びを上げてライトに襲いかかってきた。

 心の準備も出来ぬまま襲われたライトは、とりあえず背中を向けて猛ダッシュで逃げるのであった。


 そして話は冒頭に戻る。いくら移動系アーツが使えないとはいえ、ライトの高いAGLならとりあえず熊に追い付かれることはない。が、それでも中々差は広がらない。現実での熊でさえ時速五十キロ以上で走る種も居るのだ、ゲームで強化された熊ならこれほどまでに速くとも不思議ではない。


(クソ、このまま逃げてもラチがあかない。やるしかないか)


 このまま逃げても事態は改善しないと判断。分身を三体出して熊に向き直る。

 本体以外が投げナイフや格闘で気を引き、僅かな隙を見つけて本体が懐に潜り込む。そして、ジャンプのアーツで一気に鈴を取ろうとしたが、


「あ」


 ジャンプは発動しなかった。これまで戦闘ではずっと使ってきた移動系アーツ達。それをいきなり忘れることはできなかったようで、使えもしないジャンプを使おうとしてしまった。

 結果として、アーツを使わない跳躍では首輪に届かず、ライトは熊の薙ぎ払いをまともにくらい吹き飛ばされる。森の中に吹き飛ばされたライトに、ジフは止めを差すべく熊に指示を出す。しかし、


「ふむ、見つからんのう。隠れる才能はあるようじゃな」


 ライトは見つからなかった。あの吹き飛ばされた一瞬で、何らかのアーツで身を隠したのだろう。移動系アーツが使えないのだから、恐らく隠密系統のアーツだろう。


「本体を探すのもいいが……まずはお主らを片付けるかの」


 ジフと熊が振り返った先には、ナイフを構えた分身が三体。回復も使えず、有効打のない分身三体程度片付けるのにそこまで時間はかかるまい。その後で本体は探せばよい。そう考えて、ジフは熊に目の前の分身を倒すように指示を出すのであった。





「ハァハァハァ……クソッ、思ったより厄介だな。まさか移動系アーツ一つ封じられただけで、ここまで窮屈だとは」


 熊に吹き飛ばされた後、陰身を使って身を隠したライトは木の上で荒い息を整えながら今後の方針を考えていた。

 既に即死回避は発動している。回復ポーションでHPは回復させてあるが、そんなの気休め程度だろう。次にまともな一撃を貰えば今度こそ即死する。


(さて、どうしたものかね。ジャンプが使えないとなると、そもそも手が届かないからなぁ)


 先程の特攻で分かったのは、まともにやってもそもそも鈴まで手が届かないということだ。これを何とかしなくては、いつまでも修行が終わらない。


(いっそのこと寝込みや食事時でも襲うか?)


 そういった瞬間ならあの熊も隙を見せるだろう。しかし、その時がくるまで待つというのも面倒だ。


(恐らく、そういった策を弄するのに三日間というタイムリミットをつけたんだろうな)


 修行開始時に決められた三日間という制限時間。これは、ジフ達が隙を見せる時間に責める為に、こちらは眠る事すらもできずに注意を向けなければならない。そういった極限状態に近しい状況での判断力を養う修行なのだろう。だが、


「とっとと終わらせる気で来てるんだ、小細工無しでいかせて貰いますか」


 そんな普通に試行錯誤を繰り返して挑むほど、神の従者はやわではない。




「ふむ、三刻か。中々に粘ったの」


 ジフ達が三体の分身を相手にしてから、約一時間半。最後の分身が力尽き、煙となって消えた。そして、その場に変わるように現れたのは、


「飯時を襲うならあと一刻程待つとよいぞ」

「こっちもそろそろ飯を食いたいんでね、早いとこ終わらせにきましたよ」


 紛れもなく本体のライトであった。その手には何も持たず、端から見れば無謀としか見えない。


「本気か? もう少し賢いと思っておったのじゃが」

「勿論、本気ですよ」


 ¨そうか¨ただ、それだけの返答を合図にジフを乗せた熊はライトに襲いかかる。その速度、威力共にボスゴブリンよりも数段上の精度でライトに向かう。一度は読みきれなかった攻撃、しかし


(久しぶりに使うな)

「……過剰集中(オーバーコンストレイション)


 そうぼそりと呟くとライトの体感時間は大きく歪む。さらに、長い間打ち合った熊の動きを、三方向から見ていた分身の記憶から完全に予測。


「何と!」


 振り下ろされる連撃を紙一重で避け続けるのを見て、思わず声が出た。先程までとはまるで別人、たったあれだけの時間でもう読みきったというのか。


(今だ!)

「剛体、簓木」


 当たらない攻撃に痺れを切らし、熊が更に勢いを乗せた一撃を放とうとした瞬間をライトは待っていた。全身強化のアーツ、剛体を使いSTRを僅かながら強化し、簓木で相手の攻撃に干渉する。その二つのアーツを組み合わせて放たれたのは、


「ぬおっ!」

「グオオッ!!」


 一本背負いであった。アーツによる強化があったとはいえ、相手の力を完全に利用した投げ。それはあっさりすぎるほど完全に決まり、


「はい、これでいいですか」

「お、おお。……うむ、合格じゃ」


 仰向けに転がされた熊から、鈴を剥ぎ取りジフにへと手渡す。

 三日かかると言われたこの修行を、ライトは僅か二時間と少しで終わらしたのであった。





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