第七十七話
ボス部屋に入ってまず目に付いたのは岩だった。いや、その岩肌から目線を上に上げて行けば赤く光る一つの目を発見する。
坑内に出てきたゴーレムの軽く二倍はある身長に、比例するように膨れた横幅。その巨体がライト達を認識すると同時に地響きを立てて動き出す。
「おー、大きいね」
「うへー、今からあれと闘うのー」
「限界になったら戻っていいから頑張れ」
マウテンゴーレム。目の前に立ち塞がるボスを見て、面倒くさそうに呟くトイニを適当に励ましながら、ライトは分身を出してゴーレム相手に走り出す。詠唱に入った二人に攻撃が行かないように、ボスの注意を引こうと分身含め四人のライトが攻撃を始めるが、
「固っ」
右手に帰って来たのは鈍い反動と少しの痛み。流石に斬撃は入らないと考え、打撃に切り替えたのだがそれでもこれだ。
(これ、素手だったら与えるよりも食らうダメージのが大きいんじゃないか?)
剛拳と疾脚を発動しながらボスに連打を見舞うが、殆ど効いている様子はない。しかし、ボスのヘイトを集めることには成功したようでボスはその赤い単眼をライトに向け、腕を振るう。
動きとしては緩慢、雑魚として出てきたクレイゴーレムやロックゴーレムと同じかそれ以下といったところだろうか。しかし、
「うおおおおおっ! 潰れる潰れる!」
この体躯ではそれでも十分に必殺の威力だ。ライトがリース達からボスを引き離す為に奥へと逃げると、ボス付いてくるがその際に巻き上がる岩石やボス自体の体に潰されそうになる。
事実、このボスの攻撃は比較的緩慢で避けやすいものが多いが、物理防御が高くなければ受けることすら許されない。もし食らえば、防御が低めのアタッタカー程度なら一撃死したという報告も上がっている。ましてや魔法職に毛の生えた程度の防御力しかないライトが食らえば、ミンチになってもおかしくない。
『詠唱完了だよ、ライト』
『了解、頭辺りに頼む』
そんな食らうどころか、かすっただけでも即死しかねない状況で有りながらもライトはボスが二人から遠ざかるように逃げる。
二人の詠唱が終わり、ボスの後頭部辺りに爆炎と土の杭が突き刺さる。これまで、いくらライトが攻撃を加えようともびくともしなかったボスの体躯がぐらりと揺れた。
『そのまま続けてくれ、ボスはこっちで引き受ける』
『分かった、気をつけてね』
念話でリースにそう伝え、ライトはボスに向けて再度攻撃を始める。少しでもヘイトを稼ぐため投擲武器も惜しみ無く使う。火力面はやや頼りないが、二十分もすればボスのHPは三分の二は削れた。が、
「な、なんだ……」
『体が直ってる?』
鉱石で出来た体は崩れ、膝をついたボス。しかし、体が発光したと思えば、その回りの岩石や鉱石が浮かび上がり再度ボスの体を形作っていく。そして、光が収まった時には半分までボスのHPが回復していた。しかも、
『ッ! 避けろ!』
ボスの赤い一つ目が大きく光ったと思うと、そこから光線が放たれた。さらに悪いことにその光線はリース達の方に向けられていた。
ライトは念話で危険を知らせると、分身と共に壁歩きのスキルを使ってボスの体を駆け上がり、顔の側面に打撃を見舞う。これで少しでも光線の狙いを逸らそうという狙いだ。
「クソッ! 全然こたえねぇな」
なんとか二人は回避したようで、リースから念話が飛んで来たが、
「あっ! 待ちやがれ!」
体が赤く変わったボスは、その一つ目に遠くのリース達を捉えると、先程とはうって変わって猛スピードでそっちにへと向かう。
今から全力で向かえば、ボスより先にリース達の元にはたどり着く。しかし、そこからどうにかする術がライトにはない。さらに悪いことは重なり、
『ライト、もうトイニが限界見たい。飛べないって』
リースからトイニが限界だという知らせが届いた。それを聞いてライトは口寄せのスキルを起動。強制的に二人をこちらに転移させる。
「大丈夫か、トイニ」
「うん……ごめんもう限界……眠い」
トイニのHPは減ってはいないものの、MPに関してはほぼゼロ。時刻もボス戦開始から三十分は経過しようとしていた。もうトイニは戦闘に参加はできないだろう。そう思い送り還そうとすると、
「ライト……聞いて、思い出したの。あのゴーレムは強力な土精霊のコアで動いてるの。おじいちゃんの話が本当なら、胸辺りにあるそれを壊せば倒せる筈……」
眠い目を擦るように意識を保とうとしながら、トイニはライトにかつてオンニから聞いた事を伝えてくれる。
「ああ、ありがとうトイニ。今度何か甘いものでも買ってやろう」
「うん……」
そして、眠るように目を閉じたトイニは消えた。時刻は夜。日中しか全力を出せないトイニにはもう頼れない。
「さて、二人になっちゃったね」
「やることは変わらないさ。俺が前に出てそのコアとやらを探してくるから、止めは任せた」
ライトは残っていたMPポーションをリースに渡すと、こちらに気づいたボスにへと駆けだす。
(しかし、どうする? ヤツの体は硬い。俺の攻撃じゃ削るのも難しい。幸い登るのは壁歩きで出来るが……)
見栄を切って走り出したものの、今のところ
有効打は見つからない。トイニが入ればどちらかの魔法でコアを露出させてからもう片方が破壊という戦法が取れそうだが、今やちょっとコアを露出させたところで直ぐに回復されておしまいだ。
ライトがコアに近くにいると、今度はリースの魔法に巻き込まれてしまう。つまり、ライト自身がコアを何とかしなければならないのだが、その為の手段が未だ思い付かないままであった。
(……まてよ、壁歩きが出来た?)
そこで、一つの閃きがあった。既にゴーレムの足元というギリギリの状況であったが、細い道が見えた。
(一か八か、上手くいってくれよ!)
ボスの光線をハイステップで避け、ジャンプをさらにチェイン。そのまま壁歩きでボスの体を駆け上がる。そして、胸の辺りにたどり着くと、さらに一つアーツを使う。
「土中遊泳!」
その言葉と共に、ライトの体はトプンとまるで硬いボスの体が水に変わったかのように沈んだ。
(へっ、思った通り。コイツの体は地面や壁と同扱いだ)
ライトの持つ、壁歩きや土中遊泳は壁という判定された物や、地面や土と判定されたものを移動するスキルであり、普通モンスターには使えない。しかし、このボスは回りの地面や壁から鉱石や岩石を補充して出来ている。だから、これらのスキルが使えるのだ。
(コアは……あれか)
暗いボスの中でも一つだけ光るバスケットボール程の大きさを持つ光球。これが恐らくコアなのだろう。試しに殴ってみるが、傷一つつかなかった。
(どうすんだコレ、破壊しろっても破壊出来ないんじゃあどうしようもないぞ)
目の前のコアの頑丈さに途方に暮れそうになったが、
(ん、確かコイツはコレを元に動いてるんだよな)
ある考えが浮かび、ライトはその光球を掴む。特にダメージ等もなく、重いという事もない。なら、
『リース、今だ。やれ!』
「はいよー、豪爆炎!」
ライトから合図を受けたリースは、詠唱を終えた魔法を放つ。どうやらライトがコアをどうにかしてくれたらしく、赤みががっていた表面も元の土色に戻ったボスを爆炎が包んだ。
【ボスを撃破しました。 次の街、ルーリックへとポータルが解放されました】
そして流れるボス撃破のメッセージが、倒したという実感を現実に感じさせる。
「はー、今回は中々大変だったな」
「そうだね。トイニのアドバイスが無かったら危なかったかも」
安心したため息をつきながら呟きながら、こちらに向かってくるライト。ただ、小脇にに何かバスケットボール程の大きさの物を抱えていた。
「ねえ、ライト。それ、何?」
その、妙に光る球体を指差すリース。ライトはそれを前に持ってくると、
「ああ、コレ? これは…………マウンテンゴーレムのコア。かな」
そう言うのであった。