第七十五話
リースを人質に取った男をキルし、ソファに大きく腰掛けたライト。その顔は先程の殺意に満ちた顔ではなく、どこか小馬鹿にしたような笑みに変わっていた。
(仕方ない、こうなったらもう一人を……)
こうなっては、強引にでも取引を終えてしまう。そう思ったロズウェルは、トイニを捕らえていた部下の方を向く。やりあって自分が負ける気はないが、部下三人分の記憶を持って逃げられるのは面倒だ。しかし、
「……!?」
「ふぇっ? ら、ライト!」
「よう、トイニ。観戦中ごめんな、ちょいと移動して貰うぜ」
確かに部下がトイニを拘束していたにも関わらず、ほんの瞬き程の瞬間の後に少女は目の前の男の膝の上に移動していた。
「……これは驚いた。あなた、噂以上にやり手ですね。今の行動は謝罪しましょう、後で部下を教育しておきますよ」
「アンタに褒められても嬉かないな。言葉よりも態度で示してくれよ」
その言葉に、何か反論をしようとしたその時。ライトの持つナイフの刀身が伸び、ロズウェルの首の横を掠めるように通りすぎてソファに突き刺さった。
「まさかとは思うが、¨まだ交渉のテーブルに着いてる¨なんて思わないよな」
先程ロズウェルが言ったことを、嫌みのように言い返すライト。指でその刀身を掴むと、ため息を一つつき、
「そうですね……分かりましたそちらの要求を呑みましょう」
「準備がいいな。そういうの、俺は好きだぜ」
そう言ってロズウェルは一枚の紙を取り出す。これは契約の書と呼ばれるアイテムで、元々は商人プレイヤーなどが売買の契約をする時などに使うものなのだが、¨破った者はキルされる¨などの罰則を自由にできることから、こういった取引でも使われる代物なのだ。
二人はライトの出した条件を飲む形で契約書を書いていく。書き終わると同時に、ライトは刺さりっぱなしだった刀身を戻しながら席を立つ。最終的にそこそこの金と、時鉄鋼についての安全が多生なりともとれた。
「そうだ、最後に一ついいか」
「何でしょう」
「なんでそこまでして記憶を欲しがる。どうせリスポーンすれば、団員はそのままだろ」
その場を後にしようとしたライトが、そう質問する。彼がしたのはあくまでもただのキルだ。リスポーンさえすれば、記憶以外は元通りであり、この世界で生きていこうとしている管理教団らにとっては、元の世界の記憶などどうでもよいどころか、無くしてしまってもよいといえるのに、どうしてロズウェルはそこまで執着するのか。それに対して
「なに、¨再教育¨は面倒でしてね」
「そうかよ。アンタとはまたいつかぶつかりそうだ」
そんな返答に対して、真面目に答える気がないと思いライトはVIPルームを後にする。途中、管理教団の連中らしき者も居たが、視線を向けるとそそくさと逃げるように隠れてしまった。
トイニもリースも眠いと言って戻ってしまった帰り道。そういえば、レンタルした服を返さずに二人を返してしまったことを思いだし、¨まあ、買い取ってしまっても良いだろう。金なら大分増えた事だし¨等と考えながら貸し服屋のドアに手をかける。
「いらっしゃい。おや、レンタルは終わりですかな」
「ああ……だが、少し待ってて貰いたい」
ドアベルの音が鳴り、店主がライトに気づいた時。彼はそう言って半身に成りつつ後ろを向く。簓木を発動した右手が掴んだのは、どこからか飛来した投げナイフだった。投げられた位置は丁度延髄の辺り。もし、半身になって掴んでいなければ、即死回避が発動していただろう。
「お、お客様? な、何が」
「なに、ちょっとしたいざこざがね。安心して下さい、直ぐになんとかしますから」
そう言い残してライトは店の外へと出る。今掴んだ投げナイフを、投げられた方向に向けて投擲すると、少し離れたところから小さく声が上がった。
(そこか)
人物の影は、暗視を使っても見えなかった。恐らく相手も身を隠すスキルやアーツなりを使っているのだろう。しかし、声を出してしまっては無意味だ。ライトは移動系アーツをチェインして、一気に距離を詰める。相手も逃げようとしていたようだが、精々投げナイフが届く距離だ、再度隠れるには至らなかった。
ライトは犯人の姿を視認すると、ジャンプの上位アーツであるハイジャンプで犯人の頭を飛び越え回り込む。
「ひっ!」
「やっぱりあんたらか、カジノから尾行するのはいいけどもう少し隠れろよ」
回り込んだ男の顔に、ライトは見覚えがあった。確かカジノにいた一人であり、チラチラこちらを見ていたので気になった男の一人だ。危害を加えないなら、見逃そうとも思ったが今となってはそんな考えは無駄だ。ナイフを取り出し、止めを指そうとしたその時、真後ろから二人の男が振ってきた。二人の男も狙いは勿論ライトである。¨完全に不意を付いた¨二人の男はそう思ったが、
「あんた¨ら¨つったのが理解できなかったか? バレバレなんだよ、お前ら」
二人の構えた剣と斧は空振り、後を振り替えればつい数瞬前まで目の前にいた筈の男が立っていた。
「ま、とりあえず一人残して退場して貰うかな。三人も尋問するのは面倒だし」
ジャケット姿で、戦闘要とはとても思えない格好の男。これならいけるかもしれない。と、斧と剣を持った二人は互いに頷くと、左右から襲いかかる。
「集中」
男が、そう小さく呟いたのを聞いたのを最後に、剣を持った男の意識は消滅した。
「あ、あ、あ…………」
「おいおい、酷いなー。お仲間さんキルするなんて」
斧を持った男は、声にならない声を上げて目の前の惨状から後退りする。先程ライトがやったのは単純だ。二人の攻撃を避けつつ、剣を持った男の首が斧の振るわれるところになるように袖を引っ張っただけだ。
結果として、斧を持った男は剣を持った男を自身の手でキルしてしまったことになる。男は、目の前の男に半狂乱になりながら、無茶苦茶に斧を振り回して襲いかかる。
「そんなに怒るなよ。どうせちょっと記憶失うだけだって」
「!?」
そんな言葉を吐きながら、ライトは男の喉にナイフを突き立てる。男は痛みから斧を横薙ぎに振るが、上にジャンプすることで避けられてしまう。ただ、
(しめた! 空中にいる今なら避けられない筈!)
鋭い喉の痛みは、半狂乱の頭に少しの冷静さをもたらした。今、奴は上に飛んだ。ならば、直ぐにでも落下してくるはず。そこを叩けば当たる。そう読み、斧を振るったが、
「惜しかったな。狙いは良かったがハズレだ」
手応えは無かった。声のする方を向くと、そこには建物の壁に張り付く相手の姿。月明かりに照らされ、浮かび上がったその姿。それがその男の最後の記憶だった。
「さて、これで二人目。あと一人は……と」
「ハァハァハァ……」
男は走っていた。仲間の二人にターゲットが気をとられている間に少しでも遠くに逃げる為に。五分程全力で走っただろうか、細い道を何度も曲がりながら、相手を巻くように走った。自分のような日陰者だけが知ってる、いわゆる裏路地のようなものだ。ここまで走れば、後ろに付かれない限りまず追い付かれないだろう。奴は二人を相手していたお陰で、多生なりともこちらから目線を外している。追うことは不可能だ。
全力疾走と緊張から締め付けられるように痛む胸を抑え、男は裏路地の壁に寄りかかる。
(次元が……違う)
ターゲットと手を合わせて分かったことが一つある。それは、自分では逆立ちしても奴には勝てない。ということだ。雰囲気というか、構えというか上手く説明できないがとにかく自分とは根本から違う。そんなふうに男は感じた。
もう今日は帰ろう。そして、もうあの男には関わらないようにしよう。そう心に決めて自身の宿にへと帰ろうと一歩を踏み出したが。
「ガッ!? ……ッ!」
「つかの間の逃避行は楽しかったかい? こっちも知らない道を通るのは楽しかったぜ」
突如走った激痛。それが足に刺さったナイフによるものだと気づくのに時間はかからなかった。痛みにうずくまり、声のした方を恐る恐る見上げると、
「さあて、質問の時間だ」
今最も会いたくない人物。黒いジャケットを来た男。そう、ライトがそこにいた。
「シンプルに行こうか、時間がかかるのも面倒だ。何の目的で俺を襲った」
質問はシンプルだったが、目の前の男は質問と同時に自分の足に刺さったナイフを踏みつけてきた。逃げるのを防ぐためだろうが、痛みで思考が断続的に途絶えそうになる。
「す……管理教団に入る……ため………だ」
「管理教団に入るためだと? お前らは管理教団のメンバーじゃないのか」
「あグッ! ……ち、違う。俺たちはただのならず者……だ。けど、お前を生け捕りにすれば……幹部の地位。記憶だけでも入団を許可……するとあの金髪が……」
「そうか、情報提供ご苦労」
そう言って、男はナイフから足をどけた。少しだけ引いた痛みに、思わず顔が緩んだが、
「じゃ、もう用はない」
男が逆手に持った小刀と、妙に跳ねた視界。そして次の瞬間には意識は暗闇にへと消えていった。
「ふむ、成る程。そういう事か」
腕を組み、壁に寄りかかって目を瞑っていたライトはそう呟き目を開ける。丁度、最初の襲撃者を追わせた分身が必要な情報を引き出し終えたところだ。
やはり裏で手を引いていたのはロズウェル、引いては管理教団だった。しかし、管理教団も意地が悪い。自身の手を汚さず成果だけを得ようとするとは。
このAWOでは、やはりギルドないしパーティーなどの集団で動くのが安全で、より効率のいい攻略ができる。しかし、先程の襲撃者などのはぐれ者は正規ギルドに入ることはできない。となれば、無法者の集まりともいえる管理教団に入りたがるのは自然と言えるだろう。
(そんな奴らのトップがアイツか……確かに、実力はあるようだな)
そう言って、ライトは斧を持っていた男から引き抜いたナイフを取り出す。これはロズウェル相手に脅しとして使ったものであり、エイミーの所で買ってきた新品である。
にも関わらず、既に耐久値はほぼゼロ。試しに軽く振っただけで、根本からポッキリと折れてしまった。恐らく、ロズウェルに掴まれたあの時に何かされたのだろう。実を言うと、あの時もう少し脅してやろうと、軽く刃を当ててやろうとしていたのだが、出来なかった。たった指二本で掴まれただけで、全く動かなかったのだ。
あの場は完全に支配したと思っていたが、まだまだロズウェルには奥の手が有りそうだ。そんな事を思いながら、ライトは夜の町に消えていくのであった。