七十四話
「それで? 管理教団の団長様が何の用だ。わざわざ声かけてきたってことは、何かあるんだろ」
「まあ、一応は。もしも貴方が気づかなければ、このまま何もなく帰しても良かったのですがね」
(どうだか。後ろから襲ってきてもおかしくなささそうだけどな)
もう既に二人の身に纏う雰囲気は、先程までの上部だけでも丁寧な雰囲気ではない。ライトは敬語を止め、ロズウェルは穏やかなようで、何か違和感のある笑顔を顔に貼り付けていた。
「さて、本題に入りますか。単刀直入に言います、貴方が倒した団員の記憶を帰してもらいたい。そうすれば、貴方達三人には手を出さないことを約束します」
少し前、時鉄鋼を取りに行った時にライトは管理教団に取り囲まれるという事態に陥ったことがある。その時は分身で撹乱しつつ逃げ、その時に偶々(たまたま)本体を追ってきた二人の団員をキルしたのだ。
その時の記憶は確かに今アイテムボックスにある。ただ、これは大きなチャンスだ。ライトだって、このゲームをクリアしたいとは思っている。これは、それを邪魔する管理教団の活動を少しばかり牽制できるまたとない機会だ。
「なら、こちらからも条件がある」
「条件? 金ぐらいならいいでしょう。いくら欲しいですか」
「金? 違うな、こっちの要求は¨帰還石の作成に関わる人を襲うのを止めろ¨だ」
「ほう……」
「いやだと言ったら?」
「記憶は渡さん」
そこまで言ったところで、ロズウェルは¨フッ¨と小さく口に手を当てて吹き出した。
「何が可笑しい」
「いえ、まだ貴方方が交渉のテーブルに着いていると思っていると、笑えてきましてね」
ロズウェルが¨パチン¨と指を一度鳴らすと、彼の後ろに三人の人影が現れる。さらに、ライト達の耳に聞き覚えのある悲鳴が飛び込んでくる。
ライトがその悲鳴の方を向くと、そこには後ろから組み付かれて動きを封じられているトイニの姿があった。
「ッ! トイニ!」
ライトが立ち上がろうとすると、リースの後ろにもまた人影が有るのを確認できた。
「あっはっは、参ったねこれは」
後頭部にナイフを突きつけられたリースは、正面を向いたまま両手を小さく上げる。
「これで分かりましたか? これはもう交渉なんかじゃないんですよ。¨こちらが金を出すから記憶を渡せ¨それだけの話なんですよ。金を払う分良心的ですよ、我々は」
リースの方を向き、半身の状態で固まるライトに向かってロズウェルはそう告げる。ライトはその状態でしばらくしていると、リースにナイフを突きつけていた男が、座るよう目で要求してくる。
ライトはうつむいたまま、動かない。
「おい、戻れ」
男は、ライトがこちらを見ていなかったのだと判断し、そう呟く。さらに、リースに向けるナイフを強調するように、ダメージを与えないまでも、彼女の首筋に刃を当てた。もしも、ライトがそれでも聞かないのであれば、少しダメージを与えて更に強く脅してやるまでだ。そう思ったのだが、
「今すぐその薄汚ねぇ刃を離せ、殺されてぇのか?」
うつむいたまま、ほんの少し男の方を向いたライトから、低くく抑揚のない声でそう告げられた。それを聞いて男は、訳が分からないといったように手が止まった。次の瞬間。
「へ?」
男の視界が百八十度回ったと思うと、意識は暗転した。
「……まさか、これほどまでとはね」
ロズウェルは目の前の光景に、思わずそう呟いた。つい先程まで目の前にいたライトが、消えたと思えば後ろにいた刺客の後ろに回って男をキルしていたのだ。ライトに気づかれないようにと、管理教団の中でも隠密性能が高い男を刺客にするまでは良かった。事実、交渉に集中していたとはいえライトの後ろを取れたのだ。
しかし、今見ただけでも瞬間移動じみたアーツに、正確な急所狙い。これほどまでの手札を持っているとは予想外だった。
「さて、これでそちらのアドバンテージは崩れたと思うが?」
男の首に刺した小刀を抜き、ライトがゆっくりと立ち上がる。その手には小刀の他に、青白く仄かに揺れる球体が握られていた。次に瞬きした時には、既にライトは元の席にへと座っていた。