第七十三話
用事も済んだので、リースの様子を見るついでにカジノコーナーを見ると、
(あそこ、妙に人が多いな)
ルーレットコーナーの一つに、異常な程の人が集まっているのが見えた。
「おおっ! また一目賭けで当てたぞ!」
「おいおい、どうなってんだ」
「これで四連続目……」
そんな、驚きに少しの恐怖が混ざったような口調でざわざわと騒ぐ野次馬達の壁をすり抜けて、最前列に出ると、
「あ、ライト。用事は終ったの?」
そこには、うず高く積まれたチップの山に囲まれたリースが居た。
「ああ、割りと早く終わったんだが……どうしたんだ、これ」
「いやー、なんか適当に賭けてたらこうなっちゃった。……あ、ディーラーさん。私止めます」
そう言ってリースはあっさりと席を立つ。心なしか、ディーラーのNPCの顔がひきつっているような気もするが、特に気にすることでもないだろう。
ざわざわと騒ぐ野次馬の海は、まるでモーゼの様に割れていく。そんな中でも普段と変わらず歩く姿を見て、やはり神様だと思いながらライトは後ろを歩く。旗からみればどこぞのお嬢様とその護衛とも見えるお陰か、リースに声を不埒な目的でかけようとしていた輩も声をかけてくることなくこの場を後にすることができた。
「そうだ。さっきのG渡しておくよ。元々君のものだしね」
トイニを探しに、パレード等の催し物をやっている方面に行く途中、リースがそんな提案をしてくる。ライトは断ったのだが、最終的に¨半々で持っている方が盗まれるリスクを減らせる¨とのことで、半分渡されてしまう。
(これで半分……? 俺が渡した額の三十倍はあるんだが)
最初に渡した額どころか、自身の手持ちの数倍近い金額を渡され、なんとも複雑な気持ちになりながらリースの後について歩いていると、カップに入ったスナック菓子のような物を手に、催し物の方へ背伸びしながら目線を向けるトイニが居た。
「あ、トイニちゃん見つけた」
「あれ? 二人とももう用事は終ったの?」
「終わったぞ。トイニは何してるんだ?」
「あっちの方でなにかやってるみたいなんだけど……」
そう言ってトイニは羽をパタパタさせながら背伸びをするが、人垣に阻まれて催し物を見ることができていない様子だった。こちらのエリアで一番盛り上がっているらしいが、これではトイニの身長では欠片も見えないだろう。しかも、夜ということもありトイニは飛ぶことも出来ない。どうしようかと、ライトが顎に手を当てて考えた時、
「ね、ライト。あっちに行けばいいんじゃないかな」
「あっちって……ああ、確かにいけそうだな」
リースに腕をつつかれ、指の指し示す先を見てライトは納得する。リースが指し示した先は、黒いスーツに黒いサングラスの二人組が両脇に立つ曇りガラスの扉。
そこは所謂VIPルームと呼ばれる場所だ。入場にそこそこ高いGを払う必要があるが、ステージを一望できるホール等金額に見あったサービスや、高レートのギャンブルができる場所である。ここなら人も少なく、トイニがステージを見ることも可能だろう。所詮あぶく銭だ、大きく使うに限る。そう考えて、ライトは三人分のGを払ってVIPルームの扉を開ける。
「おー、すっごーい!」
中はやや暗く、仄かに灯る間接照明がまた幻想的な空間を生み出していた。トイニは、それよりも眼下に広がるステージに釘付けになっていた。ガラス張りの壁に張り付くトイニを見るに、目的は達成できたらしい。しかし、やや手持ちぶさたになってしまったライトとリースがどうしようかと思ったその時、
「そこのお方、お暇でしたら私と一緒に飲みませんか?」
そう声をかけてきたのは、白いスーツに金髪が特徴的な男だった。男はソファーに座り、長い足を組みワイングラスを手にライト達を誘う。ライトとしてはやや怪しかったものの、リースは割りと乗り気なようでしぶしぶ男と対面する形で座る。二人がボーイに飲み物を注文する。
「お二人とも凄い冒険者のようですね、VIPルームはそこそこ高かった筈ですが」
「最近いい金策を見つけただけさ。そちらこそかなりいい服を着ているようだけど」
「こちらも良い資源を見つけただけですよ」
そんな世間話をしながら、ライトは目の前の男を観察する。外見から分かるのは、おそらく二十代前半といった見た目に生地の良いスーツ、そして腕時計といったところだろうか。この世界で腕時計というのはただのオシャレアイテムに過ぎない。となれば、やはり値段は上がる。それをつけているということは目の前の男はそれ相応の資産を持つ者だろう、というところまで思考を巡らしていると、
「ここは居心地がいいですね。静かですし、邪魔もされない」
「そうですね、室温も快適ですし何よりお茶が旨い」
そんな事を男は言ってきた。確かにここは殆どプレイヤーの姿はない。ざっと回りを見渡しても数人のNPCが見えるだけだ。だからこそ、トイニが邪魔もされずにステージの方を見ることができるのだが。
「ここはいい。ここから眺める景色はとても綺麗でしてね……」
そう言って、男はステージの方へ視線を向ける。角度の関係でステージそのものは良く見えないが、観客席やその奥のカジノルームは良く見える。多数の人が集まり、熱気が支配しているのが分かる。それが、暗く涼しいVIPルームから見るとキラキラと光っているようにも見えた。
「しかし、先程金策を見つけたといいましたけど……」
「何か問題でも?」
「ちょっと邪魔が入りまして。何様か知らないけど、たかがゲームの世界を現実より上位に置く頭のおかしい集団がいてね」
「ほう……」
ライトの話を聞いても男の声色は変わらない。しかし、
「ようや化けの皮が剥がれたな。声が上ずらないのはいいが、もう少し殺気を抑える努力をした方がいいんじゃないか?」
「? どうしたの、ライト」
ライトは今までの丁寧な態度を崩してそう宣言する。ライトは殺気と表現したが、たとえ一般人でも男のそれに気づいただろう。何故なら、男の顔は突如として好青年風の顔から顔を歪ませ、激しい怒りに染まった顔となっていたのだから。
「こいつが、この前時鉄鋼取りに行った時に襲ってきた奴らのボスだって事だ」
「へー、そうなんだ」
「随分呑気ですね。貴方の推理が正しい保証もないのに」
ライトの事実を聞いても、リースは特に気にする様子もない。その後、興味ないといった様子で紅茶に口をつけて、茶菓子のチョコを一つ口に運んでいた。
一方男はというと、既に鬼のような形相は消え元の爽やかな表情に戻る。男はライトの話を認めようとはしなかったが、
「まず、今の状況でVIPルームにこれるほど財力の有るやつは稀だ。個人で来るのはまあないだろう。となれば、大きな組織の重役ぐらいというのは簡単に推測できる」
「その条件だと、私が攻略組かもしれませんよ」
「そういう訳にはいかないな。俺は、攻略組の重役の顔ぐらい全部思い出せるさ。しかし、どう頭を捻ってもあんた見たいな奴の顔は見たことなくてな」
「だがっ……」
「他の大きなギルドってのも無しだ。辛うじて生産ギルドの連中ならこれるかもしれないが、そいつらの顔ともあんたの顔は一致しないぞ」
反証する暇もなく、ライトの言葉に男は黙り混んでしまう。そして、割れそうなほど力を込めて握っていたワイングラスをテーブルに置くと、足を組んで大きくソファーの背にもたれ掛かる。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私が管理教団団長、ロズウェルです」
金髪が特徴的な男は、爽やかな笑みから何かが常人とはズレたかのような笑みを浮かべてそう言った。
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