第六十九話 一件落着
「行ったか。もう大丈夫だぞ」
そう呟いてライトは目を開ける。ライトは、魔族はもう去ったと抱えたトイニに伝えると、今までライトにすがり付いて震えていた状態からようやく顔を上げた。
「ほんと……?」
「ああ、あいつは囮を倒した後何処かに行っちまったよ」
ライトの言葉に安心したのか、トイニの顔に明るさが戻る。
「あ、ありがとう……、助けてくれて」
「まあ、契約した相手を助けない道理はないしな」
「さあ、アイツも居なくなった事だし早くここから出よ。それにしても、まさかこんな所に隠れるなんて」
「仕方ないだろ、アイツに蟲がいる範囲なら探知されるんだから」
今ライトとトイニがいる場所、それは¨土の中¨だ。
ライトは元々何人かの分身と共にトイニを探していた、その最中にオンニから聞いていたのとは違う蟲のモンスターを多数確認していたのだ。
この時から、ライトは何か嫌な予感がしていた。そしてそれは見事的中し、トイニは魔族に襲われるという状況に見舞われいたが、ここでライトは一つの仮説を立てた。それは、¨魔族は蟲を操る、または蟲を使った探知ができる¨というものだ。
この仮説については、トイニが蟲と会ってから魔族に見つかり、蟲を¨僕の僕¨と言っていた事から信憑性は高い。そして、ここでもう一つの疑問が浮かぶ。それは、¨探知は常時なのか、それとも任意に行われるものなのか¨ということだ。
もしも探知が常時なら、逃げるのも隠れるのも今より難儀していただろう。
だが、この疑問についても答えは直ぐに出た。それは、最初に魔族へ放った蹴りが避けられなかったからである。あの時、ライトは魔族の視界の外から飛び蹴りを放った。もし、探知が常時ならばあっさりと避けられていただろう。しかし、蹴りは魔族の顔に直撃。
これで、魔族の探知は常時展開では無い。という可能性が高まった。後は煙玉で目眩ましをした隙に、新しく取得した土遁のアーツ¨土中遊泳¨で土中に隠れるだけだ。
(奴の操る蟲は羽蟲だと予想したが、どうやら当たりのようだな)
さらに言うと、土中にへと隠れたのは理由がある。それは、魔族の操る蟲が羽蟲だったということだ。分身が見たのもあの羽蟲のみ。ならば、土中は死角になるだろうとライトは予想したのだが、それは見事的中。
本来なら泳ぐように土中を移動できる土中遊泳だが、レベルの低いライトでも、土に潜るくらいならできる。そのお陰であの魔族を振り切ることができたのだ。
「さて、とっとと帰るか。アイツが戻ってくると面倒だ」
そう言ってライトは、再度アーツを使って地上にへと出る。地上は、ほんの数分前まで大木が倒れる規模の戦闘が行われていたとは思えないほど静かであった。
月明かりが幻想的。などという言葉が出てきそうな風景を前にしながらも、先程までの戦闘を思い出すとそんな余裕もない。
ライトは、抱えていたトイニを降ろそうとしたが、
「おい、そろそろ離れ……」
「スゥ……」
トイニは眠っていた。彼女は元々昼の妖精。それなのにこんな深夜まで起きていることになり、魔力だって枯渇しかけている。さらに魔族に襲われて、助かったという安堵感から眠くなるのも無理はないだろう。
そう思って、ライトは¨やれやれ¨といったニュアンスのため息をつくと精霊の里にへと歩みを進めるのであった。
(ここは……)
トイニは、心地よい揺れを感じながら微睡みの中にいた。先程まで感じていた恐怖は消え去り、トイニは安心して意識を手放した。
「……ん、朝……?」
次にトイニが目を覚ましたのはベッドの上だった。ぼやけた目を擦って視界を晴らすと、ここはどうやらオンニの家のようだ。
「あれ? なんで私オンニの家に……」
寝起きでぼやけた頭を働かせて、昨夜の事を思い出そうとすると、
「そうだ、私……魔族に襲われて」
思い出される魔族との出会い、そしてライトに助けられたという事。しかし、そこから先がどうしても思い出せない。トイニはとりあえず起きようと、恐らくオンニが居るであろうリビングにへと行く。
「おお、起きたか。心配したんじゃぞ」
「トイニちゃん、おはよう。ぐっすり眠ってたね」
既に朝食の用意はされ、良さそうな匂いを漂わせる食卓にオンニ、リース、そして、
「その様子なら怪我は無いみたいだな」
ポットで紅茶を注ぎながら、こちらを見るライトの姿があった。
いつもなら喜んで食べる朝食のはずが、正面に座るライトが視界に入る度に、
(昨日はこいつに助けられたのか……)
そんな事を考えて、よく味わう事ができなかった。
「昨夜はトイニを助けていただいてありがとうございます。ライトさんがいなければどうなっていたか」
「いやいや、これでも契約者ですからね」
今は食後の食休みといったところか。オンニとライト談笑を聞いていると、昨日の事にもさらに実感が湧いてきた。
人間より、魔法、身体能力においても上位の存在であり普通に考えて勝ち目など無い。なのに、ライトは一切の躊躇なく闘い、トイニを助けた。その事に対して、感謝はしている。しかし、それでもライトは妖精狩りをした人間と同種族だ。トイニの中で、そんな表現できない感情が渦巻いて悶々としていると、
「そろそろ素直になってもよいのではないかの?」
オンニが一言。そうトイニを見て言う。それで心は決まった。
「決めた! ライトを私の契約者として認める!」
「どうした? 急に立ち上がって、それに昨日はそんなに友好的じゃ無かった気がするが」
ライトは、いきなり自分を契約者として認めると言い出したトイニに疑問を抱く。昨日までは紛れもなく好意は抱かれていなかった筈だ、しかし、
「ライトは妖精狩りをした人間とは違う。ってことに気づいただけじゃないかな?」
紅茶を啜りながら、話すリースの言葉に納得する。トイニのライトに対する敵対心の正体は、かつての妖精狩りだ。それが違うと分かれば、多少友好的でも可笑しくはないということだろうか。そうライトは解釈する。
「これからは、出来るだけ召喚に応じてあげることにするわ。でも、夜はダメ。私は力を使えないから」
「了解。これからよろしくな、トイニ」
契約者と召喚対象の力の差が大き過ぎると、¨召喚に応じない場合がある¨これが昨夜のライトがトイニを召喚しなかった理由である。
強力な契約対象を召喚するためには、ただ契約するだけではなく、信頼を勝ち取らなくてはいけないのだが、ライトは昨夜の戦闘で得ることができたようである。
「これで、一件落着ってやつかな」
ライトは、一段落ついたところで、紅茶を啜りながらそう呟くのであった。