第六十八話
ライトは手刀の形で左手を前へ、右手を手前に構えた前羽の構えを集中を発動しながらとる、対する魔族は特にこれといった構えをとりはしない。
(強いな……構えてないのは魔族の余裕ってやつか)
目の前の魔族は、ライトから見ても素人同然の構えである。しかし、感じるプレッシャーは今まで闘ってきたボス達と比較にもならない。もしこれと比較するならば、跳動運躍を取得した時に闘ったあの触手の化物クラスのモンスターだろう。それほどのプレッシャーを目の前の魔族から感じている。だからこそライトは、防御に優れる前羽の構えをとっているのだ。
「君は僕の家で剥製にしよう」
「っ!」
魔族の動きは速い。その動きには無駄が多いものの、一瞬でライトとの距離を詰めにかかる。そしてそのままの勢いでライトの体に手を伸ばす。が、
「なっ……!?」
ライトは右手に魔族の手が触れた瞬間、右手を左向きに回す。ころのように回された右手は、魔族の手を外側にへと受けながす。そして、その隙をライトは逃さない。左手で喉への貫手、右拳を鳩尾へ突き刺し、最後にこめかみにへの上段蹴り。人体の急所に手加減無しの連撃を放ったのだが、
「中々やるみたいだね、人間」
(魔族とはいえ急所は人間とあまり変わらない筈なんだけどな……)
魔族は蹴られたこめかみを擦りながら軽い口調で答える。やはりレベル差と種族の差は絶望的なようだ。ライトのSTRが少ないのもあるが、それ以上にレベル差の方が大きいのだろう。
魔族は一度ニヤリと笑うと、猛然とラッシュを仕掛けてくる。ライトは、集中による集中と高いAGLでなんとか捌く。目の前の魔族の攻撃はまさに素人そのものといった感じだ。突きの練度なら、ライトやロロナの方が上とさえ言えるだろう。しかし、
「ほらほら、避けてばかりじゃ僕は倒せないよ!」
その威力は素人とはかけ離れいる。現に、今魔族の拳が、ライトが避けた為に数発当たった大木は大きな音を立てて根元から倒れた。一撃でもまともに当たれば只では済まないだろう。
防御力も攻撃力も桁違い、そんな者を相手にした時どうするべきかと言えば。
(まともにやり合えるか!)
「えっ、ちょ!」
「むっ」
逃走、それが一番だ。ライトは道具屋から買った煙玉を叩きつけると、トイニを抱えて逃走する。
「ちっ……小賢しい」
次に煙が晴れた時、既にライトは気配すら追えなくなっていた。
「はぁはぁはぁ…………ここまでくれば大丈夫だろ。あんなのと今やり合うのはキツ過ぎる」
ライトが居るのは、数十メートルはありそうな大木の枝の一つ。周りと代わり映えしない森は、こういう時に絶好の目眩ましになる。足跡もできるだけ消してきた。
これなら十分あの魔族から身を隠すことに成功した、と思ってもいいだろう。ライトが安堵のため息をついたその時。
「キチキチ」
「こいつは……っ!」
ライトの前に蟲型のモンスターが現れた。顎を鳴らしながらこちらを見るそれを見て、ライトはその場から全力で逃げようとする。が、
「なっ!?」
「みーつけた。結構遠くまで逃げてたんだね」
次の瞬間蟲が居た筈の場所には、先ほどの魔族が居た。ライトは魔族の腕に捕らわれ、首を捕まれた状態で木に押し付けられる。
「がっ……は、離っ……せ」
「嫌だね、君は僕の顔に傷をつけた。それだけで万死に値する」
段々と魔族は掴んだ手を上に上げていき、それによりライトは苦しそうな声を上げながら魔族の手を掴む。渾身の力で握っても魔族は眉一つ動かしはしない。
「さて、そろそろ終わりにしようか。何か遺言があったら聞いて上げるよ、サービスさ」
「…………か」
「ん? 何と言ったんだい」
魔族の右手が不自然に膨張したと思えば、次の瞬間には鈍く光る大太刀にへと変わる。その状態で左手に掴んだライトに問う。
ライトは抵抗する力も無くなったのか、もがいてた両手足もだらりと下がっている。そんな状態で出した声は消え入りそうで、聞き返そうと魔族が顔を近づけたその時、
「ふっ」
「っ!」
「バーカったんだよ。この爽やか昆虫ナルシスト」
ライトが口から何かを吐き出した。それは前に討伐したカットニスチキンの羽の一部。ダメージこそ無いが、吐き出された羽が刺さった顔を撫でて魔族は、
「そうか……死ね、人間」
魔力が集まり鈍く光る右手の太刀を、一切の躊躇なくライトの腹に突き刺した。
(何処までもムカつく奴だ……)
自身の顔を一度ならず二度までも傷つけた相手。それを殺し少し腹の虫が収まった。そう感じながらライトの腹を突き刺した余韻に浸ろうとしたが、
(……? 違う、こいつ……人間じゃない!)
刺した感触は明らかに人間とは異なっていた。例えるなら雲でも突き刺したような抵抗のなさ。違和感からライトの顔を見上げると、ニヤリと笑ったかと思えば…………煙となって消えた。
偽物を捕まされた。それを理解するに時間はかからなかった。
「ふっ」
一つ、魔族は息を吐くように笑ったかと思えば、
「ふっふっふっ、はっはっはっは、ハーッハッハ!!!!!!!!!!!」
「面白い!! 僕をここまでコケにした人間は久しぶりだ!」
爆発したように笑う。その笑いは静まり帰っていた筈の森に響き、眠っていたであろう鳥たちを起こし大木を揺らす。
ひとしきり笑った後、魔族は右手の太刀を目の前の大木に振るう。
「ふん、今日はこのぐらいにしておいてやろう。……しかし、次に会ったときは覚悟しておけ、人間!」
魔族が次に夜の闇に紛れ見えなくなった時、ゆっくりと大木はズレ始め、遂には重低音を鳴らしながら全長数十メートルはあろうかという大木は切断されたのであった。