第六十六話 妖精契約
「おかえり、トイニ。ちゃんと案内はできたのかい?」
「もちろん。契約しやすい精霊がいるところも案内してきたわよ」
トイニがそうリースを案内した事をオンニと話している間、ライトはオンニが持ってきた妖精契約の事が書かれている本を手に取る。
書かれている言葉は初めて見るものばかりだったが、やはり完全翻訳のお陰で問題なく読める。パラパラとめくっていくと、目当てのページを見つける。そこには妖精についての話に始まり、妖精の魔力の高さ、そして契約するための呪文が記されていた。
「何だい? これは、随分と年期が入っているけど」
「妖精契約について書かれている本だとよ」
「読めるのかい?」
「普通なら読めないだろうよ。けど、リースに完全翻訳貰ったからな。神様からの力ならこれも読めるってわけだ」
「なるほど。自分で上げた力とはいえ、凄まじいものだね」
二人でそのページを覗きこむが、やはりリースは読めないらしい。これでライトの仮説は確信に変わる。
ライトがさらにページを捲ろうとした時、さらに本を覗きこむ視線が増えた。
「何これ?」
「妖精と契約する為の方法が書いてある本だってよ」
「えー、こんなのが読んでも¨ぶたに小判¨ってやつじゃない」
その視線の主はトイニであった。トイニは、ライトの正面から本を浮遊して覗きこんでいたが、中身を見るとライトの方を見て小馬鹿にしたように笑う。
「そうか? 以外と面白いぞ、妖精と契約なんて興味をそそられるしな。あと、小判じゃなくて真珠だ」
「わ、分かってるわよ! どうせ私を精霊と見間違うような奴だから試しただけよ! その契約の方法だってどうせ読めないんでしょ!」
子供特有のプライドに触ったのか、トイニはライトの指摘に対して一気に捲し立てる。身長差も相まって、端からみれば大人と子供のような状態になっているが、ライトはトイニの言葉を聞いて薄く笑いながら片手で本を閉じると、
「ほー。なら、試してみるか? 俺がトイニと契約できるか」
「えっ……い、いいわよ。どうせハッタリだと思うけどね!」
そう言いながらトイニを見据える。トイニの方も啖呵をきった手前、今さら引き下がる訳にもいかず勢いのままにそう言ってしまう。
ライトは、トイニから一歩離れると彼女に向かって手を向ける、そして先程見た呪文を唱え始める。
「Geboren von Anfang an und eine Fee(原初より生まれし妖精よ)」
「えっ、えっ!?」
ライトが呪文を紡いでいくと、それに呼応してトイニの足元に魔方陣が出現する。
「Vor der Kraft, lieh Kraft, um die Vorteile mit dem Wissen zu nehmen uns(その力、知識を我と共に生かす為に力を貸したまえ)」
「な、なんで唱えられるのよ……」
ライトがまさか本当に妖精契約を行えるとは思わず、トイニは慌てふためくがもう遅い。ライトの詠唱が進むごとに強くなる光と音に、トイニの声はかき消されてしまう。
「Ein Vertrag aus dem alten, Fee Vertrag!(古からの契約を、妖精契約!)」
最後に一際大きな光が部屋を包み、光が収った後に広がっていた光景は、
「どうやら成功したようだな」
「う……嘘でしょ、こんなのに契約されるなんて」
うなだれるトイニと、左手の甲に妖精のマークが新たに刻まれたライトの姿であった。
(おっと、今回は口寄せじゃないのか)
トイニとの契約を終えて、ステータスを確認しようとするも口寄せの欄にトイニの名は無かった。すると、¨新スキルを取得しました¨のメッセージと共に¨妖精契約¨のスキル欄が増えていた。
「おー、流石妖精。そこいらのプレイヤーよりよっぽどステ高いな」
トイニのステータスを確認して見ると、全体的に下手なプレイヤーよりも高い。レベルに至ってはライトよりも高い。それから推測するに、トイニのような妖精はもっと高レベルで契約できるようになるのだろう。それを完成翻訳により無理矢理に契約を交わしたせいで、こんな強ステータスなのだろう。
ライトがそんなトイニの情報に感心していると、ライトに契約されたトイニは、視線を落とし肩をすぼめていた。
「嘘……でしょ。こんな妖精と精霊を間違うような奴、しかも人間に契約されるなんて……」
うわ言のようにそう呟いていたが、言い終わる前に涙が滲んだ目を擦るとライト達に背を向けて外にへと飛び出していってしまう。
「待ちなさいトイニ! ……ああ、もうこんな時間だと言うのに」
オンニが呼び止めるも、もう遅い。トイニはその羽を煌めかせて既に森の中にへと飛んでいってしまった。
時間を確認すると、あと数十分もしない内に完全に日が沈む。
「ああ、トイニよ。夜の森には行ってはいけないとあれほど言ったのに……っ」
「夜の森には何か不味いことでも有るのですか?」
「ええ、私たち妖精や精霊は自然からの魔力の影響を大きく受けます。トイニはその中でも日中の魔力を活用することに長けるのですが、夜には大きく力が落ちてしまうのです。そこで強いモンスターに会ってしまったとなると……」
心配からか、捲し立てながらも最後の方が掠れぎみになってじったオンニの話しを聞いて、
「どうする? ライト」
「まっ、ちょっと探してくるよ。なぁに、五人なら直ぐにでも見つかるさ」
ライトは武器一式を装備すると、ドアノブに手をかける。
「どうかトイニの事をお願いします」
「頑張ってねー」
心配そうなオンニと、対象的にあっさりしたリースの言葉にライトは振り返らずに手を振って答えると、ドアを開けて外にへと飛び出したのであった。