第六十五話 言語能力
「わ、私が精霊言語に精通していると……」
「はい、聞く限りでは今も流暢に話されていると思うのですが」
オンニの言葉聞き返すも、返ってきた返事は変わらない。てっきりライトは魔法言語を話せるリースを口寄せ契約しているから、もしくはマリーナが付き添いで問題を起こさないよう何かしたのかと勝手な予想をしていたのだが、
(今までの事を整理すると、俺は魔法言語どころか精霊言語とかいう他の物も話せるらしい。しかもそれは他のNPCが何かしたとかでも無さそうだ)
それらの予想は全て外れているようで、ライトは口に手を当てて少しの間考え混んでしまう。そして、
(もう一度スキルを確認しても、そういったスキルは見当たらない。……まてよ、スキル? ああ、なるほど。¨アレ¨のせいか)
一つの結論にたどり着いた。この、魔法職でもないライトが魔法言語や精霊言語に精通していた理由。それは、
(完全翻訳、まさかここまでとはね)
そう、ライトの神の従者としての能力である完全翻訳だ。かつてライトが異世界に行った際に、言葉に不自由するといけないからという理由でリースから貰った能力の一つなのだが、どうやらゲーム内の言語まで翻訳してしまっているらしい、さすが神の力と言うべきだろうか。ようやく魔法言語関連の謎が溶け、一息つくと。
「長、私リースちゃんを案内してくるわ。精霊魔法も教えたいし」
「気を付けるんだよ、トイニ。くれぐれも森の奥にはいかないように」
「分かってるってー」
「それじゃあ私はちょっと外に行ってくるよ」
「ああ、俺はもう少しオンニさんと話しをしてから行くよ」
そう言ってリースとトイニの二人は外に出ていってしまった。
残されたライトは、出された茶を一口飲んでから話しを切り出す。
「疑問なのですが、妖精と精霊の違いとはなんなのでしょう。ここは精霊の里と紹介されましたが、トイニは妖精と言っていましたし」
「それは、この里では妖精よりも精霊の方が数が多いのですよ。精霊というのは魔力の高さによって、人形に近づき知能も上がります。そして、その精霊が一定以上の魔力を持てば、トイニのように魔力で羽を具現化出来るようになるのです。そうすれば、精霊は妖精と言われるようになるのです」
「なるほど、つまり妖精の方が精霊よりも強いということですか」
「まあ、そんなところです」
これでトイニが精霊と間違われて怒ったのも理解できた。ライトは完全翻訳のお陰で精霊言語にまで精通している。つまり、トイニからすればライトは精霊等にも詳しいと捉えられても可笑しくはない。それなのにトイニの事を精霊と間違えるのは、トイニの事を未熟と言っていると捉えられる可能性がある。
トイニと初めて出会った時の事を思いだしながら話しを聞いていると、
「トイニは確かに高い魔力を持っています。しかし、まだ妖精にしては圧倒的に幼い……」
ため息混じりに悲しそうにオンニがそう語り出す。どうやらライトがトイニの事を遠回しに聞いたと勘違いしたらしい。
ぽつぽつと話しを始めたオンニの言葉を、ライトは静かに聞いていた。それをまとめると、トイニは妖精であり、それ相応に高い魔力を持っている。そのためまだ精霊から抜け出せずにいる、そこそこの年齢の者からは疎まれ、同年齢の精霊とは力加減が難しく避けられている。
しかも、妖精はかつてその高純度の魔力を狙って他種族から乱獲された歴史があるらしい。トイニの両親もこの被害に遭い、主に乱獲していたのは魔族と人族ということもあり、今では表向き和解ないし中立としているが、まだ幼いトイニは割りきれてない部分もあるらしい。(仮に、ライトが一人で来た場合、恐らくトイニは警戒して案内すらしてくれなかっただろう)
「貴方がそのローブを脱がないのもそのせいですか」
「……よく分かりましたね。まあ、そんなところです。ほんの二、三十年前の妖精狩りの時の傷ですよ」
そう言って、オンニはローブの裾を軽く握りしめる。見ることはできないが、その妖精狩りとやらで付けられた傷が背中にあるのだろう。
他の妖精は皆見せびらかすように羽を出しているのだが、オンニは羽を見せてはいない。トイニの話からするに羽は妖精にとって、かなり重要なものなのにだ。よくよく思い出してみれば、外にももう大人のような外見なのに、羽を出していない者も数人いた。恐らくその者たちも妖精狩りの被害者なのだろう。
「しめっぽくなってしまいましたね。大丈夫です、もう終わったことです。それよりも、どうです? 精霊魔法を覚える気になりましたか」
「そうですか……なら、お願いします」
カップの茶に口をつけ、穏和に微笑みながらオンニはライトにそう提案する。今回はライトも頭を下げてその申し出を受けた。
精霊は、先程説明されたように知能に大きく違いがある。初心者は、それこそ珠のような外見をしている精霊を魔法言語で説得ないし自分の力を認めさせる。言うなれば召喚者の契約に近い。勿論言葉が通じる精霊になればなるほど、説得だけで契約に応じてくれる場合もあるらしい。
一通りの説明をオンニから聞いたライトは、一つの疑問を問いかける。
「精霊魔法を精霊と契約して使えるとするなら、妖精と契約すれば妖精魔法が使えるようになるのですか?」
「確かに使えはしますが……妖精魔法は妖精言語で契約をしなければならず、妖精言語はよほど精霊言語に精通してないととても使える言語ではありません」
それでも良ければと言い残して、オンニは一度席を立つと奥に引っ込んでしまう。そして、五分ほど待つと手に一冊の古びた本を持ってやって来た。
「こちらが妖精契約に必要な魔導書です。ここに妖精契約に必要な呪文があった筈ですが……」
「たっだいまー!」
オンニが話している途中、勢いよくドアが空いたと思えば、トイニと手を引かれてリースが中に入ってきた。