第六十話 跳動運躍
「よっ……と」
一時的にとはいえ、触手の化け物を退けたライトは、刀身の足場から降りる。
「やれやれ、変わり身を習得してなかったらどうなっていたのやら」
なんとか取り返した巻物を弄びながらライトはそう呟く。
ライトがあの一瞬で化け物の体内から脱出できた種は、¨変わり身¨のアーツのお陰である。これは、先程老NPCの試練を終えた時に習得した新たなアーツであり、その効果は¨分身と本体の位置を入れ換える¨というものである。
移動系統のアーツにしては、なかなかに消費SP量が多いものの、うまく使いこなせれば今のように強力な結果を生むアーツである。
「さて、巻物も取り返したし、とっとと戻りますか。モタモタしてるとまた襲ってきそうだし」
巻物を懐にしまうと、ライトはあの平均台のような道にへと向かう。その横の奈落は、底こそ見えないものの、耳をすますと何かが暴れているような音が聞こえてくる。やはり、あの化け物は死んでいないのだろう。と、結論づけたライトは、また戻ってくるような面倒が起こる前に、さっさと老NPCの元にへと戻るのであった。
「ほら、取ってきたぞ」
「もう取ってきたのか? お主のレベルならあやつを倒すのに三日はかかると思ったんじゃが」
「やっぱり、あの化け物は故意にけしかけられてたのかよ。倒して無いっての、一時的に追い返しただけだ」
今度は行きよりもやや早足で帰り、十五分程で老NPCのところへと戻ったライトは、早速取ってきた巻物を投げ渡す。
老NPCは渡された巻物を見て、中身を確認しながら唸る。そして、ざっと目を通すとライトに向き直る。
「うむ、確かに本物じゃな。これで試練は完了じゃよ、後はこれを読めば奥義習得じゃ」
その言葉と共に、老NPCはライトに巻物を渡す。ライトがそれを開いてみると、¨奥義を習得しました¨のメッセージが表示される。まだ一文節すら読んですらいないのに習得したことに、少し突っ込みどころはあったものの、ライトが中身を改めて読もうとするともう一つメッセージが追加された。
(何々、¨称号、跳動運躍¨を習得しました。だと?)
ライトがメニュー画面を開くと、今まで空欄だった¨称号¨の場所に跳動運躍の文字が表示されていた。ライトがそれをタッチすると、その称号の内容が表示される。
¨跳動運躍 走り、駆け、飛び、どんな時でもその脚で疾った者に送られる称号。この称号を手にした者は、移動に関して自身の力を十全に発揮し、それに使う力を極限まで効率化することが出来る¨
「…………」
「おー、これは中々強いんじゃないかな」
跳動運躍の効果を読んでみると、明らかに今の進度ではオーバースペックな事がつらつらと書いてあり、隣にいたリースも少し感嘆したような声を上げる。
どういう訳でこの称号を獲得したのか、詳しいことを老NPCに聞こうとメニュー画面から顔を上げると、既に老NPCは何処かへと行ってしまっていた。
「……帰るか」
「そうだね。もう用は済んだし、帰ろうか」
暗い洞窟内で、そんな言葉を交わしてから帰ろうとしたその時。後ろから、崖が崩れるような爆音が響く。
「ッ!」
ライトがリースを抱えて、ステップを使いながらその場を離れるとその数瞬もしない内に高速で飛来した鞭のようなものが、先程までライトが立っていた場所に叩きつけられる。
(チッ、もう追って来やがったか)
リースを抱えたまま、ライトはステップからハイステップへのチェインを使って一気に出口にへと走る。その最中に後ろをちらりと見ると、先程奈落に落ちた触手の化け物が崖を這い上がって来ているのが見える。中心の傷は確認できないので、もしかしたら先程のとは違う化け物なのかも知れないが、ライト達に対して敵意があるのは確実のようで触手を伸ばす手を止める様子はない。
ライトは、休んでいたお陰で八割ほど回復したSPを惜しみ無く移動系統のアーツに使う。幸いだったのは、ここに来るまでは傾斜を下ってきたということもあり、ジャンプのアーツで出口に向かって移動しつつハイステップから無駄なくチェインが繋げられるというところか。
触手の化け物が暴れるせいで、洞窟の壁面はガラガラと音を立てて今にも崩れまいと揺れる。絶え間なく振る拳大の石を避けながら、何とか光指す出口に向かってライトは駆ける。
リースが速度アップの強化をかけてくれたお陰で、リースを抱えながらも、ライトは触手に捕らわれずに走り続けていた。そして、ようやく地上の光が見えた。と、思ったその時。
「!」
壁面が崩れ、ライトの行く先を完全に防いでしまう。突破するには、岩盤を破壊しなくてはいけないのだろうが、そんな一瞬の停滞すら後ろの化け物は許してはくれないだろう。恐らく、破壊の為に移動系統のチェインの中に攻撃用アーツを組み込んだ。それだけのロスで、この狭い通路では追い付かれても可笑しくはない。となれば、
「ステップ、ハイステップ、ジャンプ、」
ライトは止まらない。このままでは最高速で激突してしまう程の勢いで駆ける。触手の化け物は、その瞬間を待つようにライトのすぐ後ろに触手を伸ばす。そして、岩盤に衝突する直前、
「ーーーー瞬身」
そう呟く。その瞬間、ライトの体は文字通り目にも止まらず消え、対象を見失った触手は岩盤に激突する。
「はぁー、助かったー」
「いやー、中々スリリングだったね。まさかあんなことになるなんて」
間一髪地上にへと逃れたライトは、安堵から大きなため息を一つ着く。一方、ライトに抱えられていたリースは何ともないような態度であったが。
(しかし、今回は新しく取得したアーツと称号とやらに助けられたな)
ライトが最後に使用したアーツの名は、¨瞬身¨その効果は半径一メートル以内への瞬間移動といったところか。使用するとそれまでの運動エネルギーもリセットされてしまうらしく、加速には使えないものの、先程のような場合にはとても有用なアーツである。
勿論こんなアーツを移動系アーツを何度も使った上に使うだけのSPはライトにはない。しかし、そこで活躍したのが¨跳動運躍¨だ。この称号のお陰で、瞬身を含む移動系アーツの消費SPが大幅に減り、今回の逃走劇を可能にしたのだ。
「さて、今度こそ帰るか」
今度こそ邪魔が入らないことを確認すると、ライトはあの竹の足場から戻ろうとする。が、杖を肩に引っ掻けられリースに止められた。
「ちょっと待った、私を置いていくつもりかい?」
「そんな事……あ」
ライトはそこで気づく、この竹の足場は近接職かせめてそこそこのAGIを持っていないと簡単な道でも踏破するのは厳しい。そして、リースは魔法に関してはプレイヤーの中でもトップクラスだが、その反面それ以外に関してはからきしだ。
となれば、
「運んでもらえないかな?」
「うっ……了解」
ライトがまた先程の逃走劇のように運ばなくてはいけないのたが、
「どうしたの?」
「いや、改めてやるとちょっと……な」
「フフッ、さっきだってこうしてたじゃないか」
(さっきは咄嗟だったけど、改めてやると中々に緊張するっ……)
それにはもう一度先程の姿勢。つまるところお姫様抱っこの姿勢でリースを抱えるのだが、咄嗟だった時とは違い落ちついてからもう一度となると、女性経験が無いに等しいライトにとって気恥ずかしさが生まれてしまっていた。(これが、常日頃からそんな機会がありそうな彼のとある友人であったなら、お姫様抱っこぐらいなら抵抗なくやりそうなのだが)
もっとも、そんなライトの葛藤も腕の中の女神様にはお見通しのようで、からかうような事を言われてしまうのであった。
おまけ
【水底に住みし怪物】
今回ライトに襲ってきた触手の化け物。十数メートルはある巨体に、高速で振るわれる触手を持つ。
現時点で出てきたモンスターの中では最も強く、頭ニ、三個抜けている。実際はもっと先に出てくる筈のモンスターであったが、今回はライトが神様召還を使ってイベントを若干バグらせたような攻略をしたため出現。
日光が嫌いで、基本的に日の光が当たる場所には出てこない。そのため光を感じとる器官は退化し、変わりに音を感じとる器官がかなり発達している。
中心部はレベルの割に柔い。が、その代わりのように再生能力が高い。今回ライトが与えた最も深い傷でさえ、ニ十秒もあれば完治してしまう。
また、ライトが今回このモンスターの攻撃を避けれたのは、集中による体感時間の延長と、分身による増加した視界があってこそなので、一般人が今のライトと同等のステータスを持って一瞬で叩き潰されてしまうだろう。