第五十九話 触手
(まずは視界だ。あの触手を避けるには、もっと広い視野が必要だ)
触手の化け物と対峙したライトは、分身を発動。レベルアップの恩恵で三体まで出せるようになった分身と共に、ライトは四方に散る。
触手の方は、最初にライトが居た辺りに何度か触手を叩きつけるが、標的がいないことが分かると触手を戻し静かになる。
(? なぜ攻撃を止めた。しかも捜索をする様子もない。……まさか)
この触手の化け物は、恐らく試練の為にここに住んでいる魔物だろう。そして、この暗闇の中で標的を捕捉する方法はいくつかある。例えば、ライトは暗視による視覚で、ロロナは気配察知よって等がある。
ここで一つの疑問が生じる。それは、
(あいつは何で敵を認識しているんだ?)
そう、まさにその疑問である。目の前の化け物を、分身を含めて八つの目で見渡しても視覚器官があるようには見えない。ならば、考えられるのは大きく分けて二つ。一つは全身に光を感じる器官がある場合。もう一つは聴覚によって判別している場合である。
(深海魚なんかは、全身から光を感じとるものもいると聞いたことがあるが……奴は違うか。もしそうならとっくの昔に見つかってる筈だ)
今、地面はライトの撒いた油とそれに引火した炎で照らされている。それも後少しもない内に消えてしまうだろうが、触手の化け物は火の光には微塵の興味も示さない。ならば、残りの聴覚による察知だと考えたライトは、投げナイフいくつか取り出す。しかし、その時僅かにナイフの刃同士が軽く触れた。
カチャリと、そんな僅かな金属音が鳴った瞬間、触手の化け物はライトを捕捉し高速で触手を伸ばす。
「!」
(! 思ったより聴覚が鋭敏だな)
上から迫る触手を集中によって見切ったライトは、横にステップすることでギリギリ触手を避ける。そして地面に叩きつけられた触手を短刀で攻撃してみるも、殆どダメージがある様子はない。
しかし、それでもライトは止まらない。分身と共に触手を避けたのを合図にして、化け物の懐にへと一気に接近する。地面を横ばいに滑るように振るわれた触手は、凄まじい速度でライト達に迫っていく。それをジャンプでなんとか避けると、ライトは触手に飛び乗って一気にかけ上がる。
うねり、揺れる触手の上を集中により踏ん張り、時には壁歩きで強引に堪える。
「ツイスト!」
そうして強引にも化け物の中心に近づいた分身の一人が、手持ちの短刀を貫通力に優れたアーツで突き刺す。触手を操る中心に短刀を刺されたにも関わらず、化け物のHPゲージには殆ど変化はない。それほどまでにレベル差が有るのだが、ライトはそれに対して絶望などしない。
さらに、ライトともう一人の分身が移動系アーツを使い化け物の中心にへと飛ぶ。
「「剛拳」」
空中で剛拳を発動。剛拳のスキルは殴りのスキルだが、このスキルには腕のSTRを上げるという効果があり、短刀や剣などを使った攻撃行動にもプラスに働くのだ。最も、殴りと他の攻撃スキルを同時にこのレベルまで育てているプレイヤー等、そうそういないのだが。
中心に向かう二人のライトに向かって伸びる触手を避けながら、強化されたSTRにより、先程より気持ち深い傷を着けながらライトは飛ぶ。そして、
「「ジャンプ」」
化け物に突き刺さった短刀を足場にして、ジャンプのスキルを発動。一気に上に飛び上がり、迫る触手を避ける。さらに、化け物は中心にせまるライトを追って触手を叩きつけたせいで、突き刺さっていた短刀を自らの力でさらに深く押し込んでしまう。
そして、上に飛び上がった二人のライトは、空中でSP回復のポーションの瓶の中身を逆さにして被る。攻略ギルドで売っている中で最高品質のものを躊躇なく使ったお陰で、ライトのSPゲージは一気に回復する。そのSPをふんだんに使い、アーツを発動する。
「「ロング……エッジ! スラント!」」
先に回り込んでいた分身二人が足場になり、ライトと分身はハイステップの勢いを利用して高速で落下する。
もはや刀と言うレベルに伸びた短刀を握り、Xの軌跡を描いて斬撃の跡を刻む。二人の軌跡が交わるのは、先程化け物自身が傷を着けた場所。
ダメージ量的には大きく見積もっても十分の一削れたかどうかだが、ライトの狙いは単なるダメージの蓄積ではない。ようやく見れる程の傷が着いた化け物の中心。そこに、
「ステップ、ハイステップ!」
無理矢理に最高速で突っ込んでいく。化け物の体内は、暗く狭かったが、剛拳の淡い明かりと暗視を合わせてなんとか辺りを見渡す。そして、
「見つ……けたぁ!!」
緑色をした細長い円柱がたの物体。そう、それは紛れもなく化け物に飲み込まれてしまっていた巻物であった。ライトは、それに精一杯手を伸ばし、掴んだ。が、
「!」
その瞬間回りの肉壁が急速に狭まってくる。外から見れば、触手の化け物に着けた傷がどんどん塞がっていくのが見れるだろう。非力なライトに、一人で内側から大きな傷を着けるだけの攻撃は出来ない。そして、
「ぐっ……が」
その迫りくる壁に潰されてしまった。
触手の化け物は、体内の異物が消えたことに気をよくしたのか、機嫌良さそうに体を揺する。その音は、まるでケラケラと馬鹿にしたような笑い声にも聞こえた。
「おい、化け物。まだ俺が残ってるぜ、それとも脳無しには認識できないってか」
しかし、そんな良い気分を邪魔するような声が、少し離れて正面から聞こえてきた。触手の化け物は、¨そういえば敵は四人いたな。残りもさっさと始末してしまおう¨そう考えると、足代わりの触手を動かして声の方向へと移動する。が、
「!? ※%&→/+」
突如、地面が消えた。というよりも足、いや触手を踏み外したというべきだろうか。とにかく化け物は、ライトがやって来た方向にある奈落にへと、足を出してしまったのだ。
咄嗟に触手を伸ばして地面に捕まろうとしたが、完全に油断していたのも重なり、自身の巨体を支えきれずに化け物は奈落の底にへと沈んでいった。
「忍法変わり身の術。ようやく忍者らしい戦法に幅が出たかな」
そして、ロングエッジで壁に突き刺し、刀身を伸ばした短刀を足場にしたライトは、手にした巻物を懐にしまいながらそう呟くのであった。