第五十四話 その後
「だから大将は隻腕で町に戻ってきたのか」
「ああ、今じゃすっかり完治してるがな」
ここは、第三の町カンフの酒場。ライトとジェインの二人は、ライトの話を肴に呑んでいた(ライトは烏龍茶)。
あの後、ライトは敵との戦闘を避け続けて町にへと無事帰る事ができた。ソロの敵に見つかりづらい、という利点が生きたのである。
町に着いた後は、一つの町に一つづつ存在し、回復役のいないパーティーや重症のプレイヤーが行く治療院と言う施設に行った。ここのメリットの一つとして、全ての状態異常を払う金(一応お布施という名目)によって治してくれるというものがある。部位欠損は状態異常の中でも、重い部類に入り市販の薬や攻略組の回復役でもまだ治すことは出来ない。しかし、金を払えばしっかり治してくれるので、ライトの左腕は、もう完全に治っているのであった。
「そういや、ジェインはよくこっちこれたよな。まだ三分の一くらいしか黒狼倒してないんだろ」
「ん、ああ、俺は攻略組の助っ人頼んだからな。俺はソロだし、二人くらいなら十分雇えるぐらいの蓄えはあるぜ」
「なるほどね、そんな制度があるなら攻略も進みそうだ」
今現在、第三の町にまで到達したプレイヤーは上位ニ十五パーセント程度。これらは殆どが攻略組であり、ライトのようなソロプレイヤーは希な例であったが、ジェインは攻略組が新たに始めた助っ人サービスでここに来たのだ。
しかし、金さえ払えば攻略組を雇い、比較的安全にボスに挑めるとなれば、その恩恵は大きい。事実、このサービスが始まってから一週間足らずで、第二の町以降に歩を進めたプレイヤーは八割を越える。
「さて、俺はそろそろ帰るかな。頑張れよ、ジェイン」
「おう、そっちもな、大将」
時刻が夜の十時を回った頃、いい具合に腹も膨れたライトは席を立つ。そして、自身の分の代金を置いて酒場を出ていった。
酒場を出たライトは、もうすっかり暗くなった石畳の街道を歩く。周りを見ても、人はいない。酒場などが繁盛する通りから離れ、宿屋へ行こうと歩く道すがら、
「……」
ライトを付け狙う影が一つ。その人物は、手に持ったナイフを握り閉めると、何かアーツを使う。アーツにより強化されたナイフは、淡く発光する。そして、暗闇に紛れ無防備なライトの背中を襲おうと接近する。
「!?」
しかし、まさにナイフを背中に降り下ろそうとした瞬間、ライトはその場でしゃがんで襲撃者の足を払う。まさか気づかれているとは思わなかった襲撃者は、足払いをくらいバランスを崩すが、咄嗟に空いている方の手をついて、ライトとの距離をとる。
だが、まだ安心するのには早かった。ライトは、襲撃者が体制を立て直すのより早く、ナイフを構えて距離を詰める。襲撃者も同じくナイフを構えて応戦しようとしたが、
「勝負あり、かな」
「ッ!」
キンッ! と高い音を立てて、襲撃者のナイフ弾き飛ばされるほうが早かった。ライトは、逆手で持っていたナイフを順手に持ち替え、刃先を相手に向けながら言う。
「それで? お前は誰だ? 先ずは顔を見せて貰おうかな」
「……」
ライトの言葉に、襲撃者は両手を上げて、自身の顔を隠していた布をとる。すると、
「……すみませんでした」
(女?)
その短い黒髪の少女は、伏し目がちに呟くように言った。
「……なるほど、あんたも他の奴と一緒か」
「他の人?」
「あんた見たいに、強引に迫ってくる奴が他にもニ、三人居たんでね」
少女から襲いかかってきた事情を聞き、ライトは納得する。どうやら、この少女は黒狼を倒したライトと闘いたかったようである。だが、最近ライトは余り見ず知らずのプレイヤーとは、PVPを行わなくなっているので、強引な手段に出たという訳だ。
ライトからすれば、力試しとばかりに迫ってくる輩が多かったので、PVPを断っている。という訳なのだが、それでも無茶な事に走るのは一定数いるようで、今までにも三回程襲撃を受けていた。勿論、全て返り討ちにしたが。
「ったく、今回は見逃すから、今度は正面からこいよ」
「……分かった、ありがとう」
今回は特に大きな損害も無かったので、ライトはその少女を開放してやる事にする。(今からどうにかするのは面倒臭かった。という理由もある)
少女の背中を見送り、今度こそ一人になったライトは、先程から装備しっぱなしだったナイフに視線を移して、
「とりあえず、明日の予定は決まったかな」
その刃を軽く指で弾く。すると、ナイフの刃先はあっさりと折れて消滅してしまった。