第五十三話 長かった夜の終わり
「アー、疲れたー」
「今回は中々骨がおれたな、ダメージを受けたのも久しぶりだ」
そう言って、ロロナはその場にへたりこんで休む。これだけの闘いだったのだ、むしろ普通の人間としてはよく集中力が持ったほうだろう。
そして、その隣に立つライトも流石に疲れたのか、警戒を緩めて脱力する。集中に関しては、まだ余裕があるが、
(あー、少し眠いな。帰ったらとっとと寝よう)
眠気から段々とぼんやりしてきた頭を、自身操作で無理矢理覚醒させる。なんだかんだで徹夜する羽目になっていたのだ。ライトは、帰ったらまずは寝ようと誓いこれからの事を考える。
「ねぇ、これからどうするのカナ。このガケを上らないと町には帰れないケド」
ぼんやりと、傷と精神を癒す為に数十分ほど沈黙を保ったまま二人は呆けていたが、ロロナがその沈黙を破った。
「うーん、どうするかな。洞窟探検は正直面倒なんだよな……」
顎に手をやりながらライトはその場で考え込む。言い出しっぺのロロナも、一緒になって案を考えるが、特に妙案が出る気配はなかった。
「仕方ない、ロッククライミングでもするか」
少しの沈黙の後、呟くようにライトが言う。彼らの後ろにある崖、高さは二~三十メートルといったところか。彼は、分身を引き連れて崖下にへと近づく。
「ちょ、チョット! 本気なの!? この崖三十メートルはあるよ!」
「ここで嘘吐くメリットないだろ。それに、洞窟探検するよりは早く帰れるぞ」
そこで彼女は少し言葉に詰まった。確かにこの崖を上れるのなら、今日の昼までには町につけるかもしれない。しかし、洞窟から戻ろうとすればかなりの時間を食うだろう。しかも、今はHPポーションもMPポーションも尽きている。どちらが安全なのかは明白だった。
「……分かったヨ。でも、どうやって上るのサ」
「結構この崖は凹凸が多いし、基本は素手だな」
「モシ、凹凸が少ないところがあったら?」
「俺らのスキルなら自分で凹凸作れるだろ」
「なるほど、それならいけそうカモ」
「それに、ナイフが何本かあるから、必要になったらこいつを足場にしよう」
ライトの提案を今度こそ受け入れ、彼らは崖の凹凸に手足を掛ける。分身はともかく、本体は片腕がないのでペースの事を考えて、先頭はロロナ、次にライトとその分身という配列になった。
最初こそおっかなびっくりに進んでいた彼女も、五メートルも進む内に慣れたのか、今では安定して崖を上っていた。
「練気功」
また、凹凸が少ないところではアーツを使って強化した拳で崖を殴れば、また新たなとっかかりとなる。(剛拳を高いレベルで習得している彼らだからこそ、このロッククライミングができたのだが)
「イヤー、中々ロッククライミングも楽しいネ」
「よく言うよ、最初は怖がって猛反対してたくせに」
そんな会話をしながら、二人は崖をどんどん上っていく。それは順調に見えたが、事件は起こった。
「そ、そんなことナイヨ! 反対はしたけど怖がってはないからネ!」
「どうだか、上り始めなんて半分泣いてたようなものだろ」
「そんなことっ!」
会話の流れで、ライトはロロナの方を向こうと上を向く。どうやらロロナの方も反論の流れでライトの方を向いたようで、二人の目が合った。が、目が合ったのは一瞬で、ライトは視界に入ったスカートの方に目線が思わず動いてしまった。反射的に、ライトは¨それ¨から目線を外し、ばつの悪そうな顔をする。
ロロナは、最初はなぜライトが急に目線を外したのか分からなかったが、直ぐに自身の履いているスカートに目線を落とし、赤面する。
「ら、ライトのエッチ!」
そんな叫びと共に、ロロナはスカートを思わず抑える。だが、それがいけなかった。動揺したせいで、急に体を動かした上に、スカートを抑えるために片腕を岩肌から離してしまった。こんな不安定な姿勢で急に動けば、
「う、わわわ!!!」
当然バランスを崩して落下してしまう。なんとか踏ん張ろうとするも、もう遅い。しかも、下手にもがいたせいで頭を下にして落ちていってしまう。二人はすでに崖の中腹まで上っており、ここから落ちれば確実に即死する。ロロナは、恐怖から目を閉じようとしたが、
「オーライ」
「!」
その下で¨両足で崖に立つ¨ライトの姿が見えた。ライトは、落ちてくるロロナを片手で掴み落下を止める。幸いにもロロナが軽装備なお陰で、STRの値が低いライトでも辛うじて受け止めることができた。
「ったく、危ないな。気を付けろよ、ここから落ちたら流石に助からんぞ」
「エット……うん、アリガト……」
抱き止められた気恥ずかしさと、色々突っ込みどころのある助け方に頭が追い付かず、ロロナは小さく返事をすることしかできなかった。
(しかし、さっきの戦闘で新しいスキルを所得してなかったら、どうなってたのやら……想像したくねぇな)
今回ライトが使ったのは、レベルアップで開放された新職業スキルの『壁歩き』である。これは、その名の通り壁を歩けるようになるものであり、より正確に言うなら¨壁を地面と同じように歩行できる¨といったものか。勿論壁を歩いている間はSPを消費し続けるものの、壁でもステップなどのアーツが使えるとなれば、十分有能なスキルだろう。
何はともあれ、一度は危ない場面があったものの、それからは特に危なげもなく二人は崖を上っていき、
「や、ヤット……着いた」
「お、もう崖上か」
それから三十分もしない内に崖を上りきることに成功したのであった。ロロナは上りきった安堵の気持ちと疲労で、その場に横になって荒い呼吸をする。ライトも、崖を殴り過ぎて痺れた右拳を振りながら、上りきった達成感に浸る。
そうして十分程の休憩をしていると、二人の後ろにある林が揺れた。
「!」
「誰ッ!」
その音を聞いて、二人は先程までの緩んだ状態から一変、ライトは小刀を構え、ロロナはその場で跳ね起きると、拳を構える。
ロロナの呼び掛けに、林がさらに大きく揺れ、そこから人影が現れる。
「ロロナさん! 無事でしたか!」
「良かったー、ロロナちゃんはやられて無かったのね」
「エ、……み、皆! どうしてここに!?」
林から出てきたのは、数人の男女達。彼らはロロナの姿を見るやいなや、安心したような顔を浮かべてロロナに駆け寄る。どうやら、彼らは攻略組の組員らしく、ロロナを捜索にきたらしい。
一日ぶりの再開に、感激しているロロナと攻略組員。だが、攻略組員の中でも、一人ロロナに駆け寄らなかった者がいた。
「久しぶりだな、相変わらずソロなのに攻略が早いこと」
「暖かい懐のお陰で武器がいいからさ」
その、眼鏡をかけて腰に刀を帯刀した男は、かつてライトがボスの情報を売った男、ヴィールであった。
ヴィールは、ライトの前の事を思い出させるような言葉に、少しだけムッときたが、それこそ相手のペースに飲まれると思い直し、ため息を吐く。
「お前だろ、ロロナをここまで生き残らせたのは」
「俺? 何言ってるんだか、俺はただのソロプレイヤーさ」
「馬鹿を言え、ウチのネロやロロナ達を圧倒できる奴が、ただの男なわけないだろ」
そんな言葉の牽制を続けていると、ロロナと話していた攻略組達が、¨早く戻ろう¨と声をかける。ヴィールは、まだ話をしたそうにしたそうだったが、ライトと組員を交互に一度見た後、舌打ちすると組員達の方にへと向き直る。
「今回はここまでにしておこう。だが、次はもっと詳しい話を聞かせてもらうぞ」
「ハイハイ、機会があったらね」
そう最後に話して、ヴィールは戻っていった。そして、ロロナは、組員と共に去ろうとする際、ライトの方に振り向くと、
「ライトー、今回はありがとネー!!」
そう別方向に去るライトの背中に叫ぶ。ライトは、振り返りはしなかったものの、右手を振る事でそれに答えた。
こうして、ライトとロロナの長い夜は終わったのであった。