第五十二話 決着、ナイトメアオーク③
リースの魔法は、確かにオーク達を飲み込み、焼き付くした。オーク達は後かともなく全て消え去っており、敵を倒したことによって手にはいった経験値のログがそれを肯定する。
………………あくまでただの¨オーク¨達は、だが。
「えっ」
「ッ! ロロナ!」
二つ、運の悪いことがあった。
一つは、全てのオークを倒したことによる達成感と安堵感。それが、ほんの一瞬二人の警戒を緩めさせてしまったこと。
そして、二つ目は、瀕死で生き残っていたナイトメアオークが、振るった棍棒から飛ぶ衝撃波を出す。という初めての攻撃パターンを見せたことだ。
ライトは今まで、かつてのボスと闘ったように行動パターンを分析、そこから予測をしていた。が、今まで近距離攻撃のみの相手が、いきなりの遠距離攻撃を仕掛けてきたのだ。これでは今までのデータからの予測はできない。
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大量にいたオーク達が、一瞬にして倒れた。その、今の状況を一瞬にして好転させる事実。それがいけなかった。
(これならいけるかモ)
そんな考えが頭を過り、周りへの警戒をロロナは疎かにしてしまった。そのせいで、彼女はナイトメアオークが放った衝撃波に反応することができなかった。
「ッ! ロロナ!」
「えっ」
そんな彼女を救ったのはライトであった。彼は、呆気にとられて動けないでいる自分を突き飛ばして、衝撃波から彼女を遠ざける。
そして、彼女は突き飛ばされていく最中に、彼の左腕が切断され宙を舞うのをただ呆然と見ることしかできなかった。
このAWOでは、完全再現してしまうとショック症状を引き起こす可能性があるという事で、現実よりも痛覚は鈍くなるようになっているが、それでも腕の切断は凄まじい激痛を伴う。
常人なら痛みでうずくまってしまうだろう、そうなればライトはもう闘えない。
(ボクがなんとかしなくちゃ……)
ライトは左腕を切断され、リースはMP切れ。となれば、もう闘えるのはロロナだけ。彼女は、意を決して拳を握りながらナイトメアオークの方を向く。その腕や足には若干の震えが見られ、彼女の怯えが見てとれる。
「……」
¨もう闘えるのは自分しかいない¨その言葉を飲み込んで、足を踏み出そうとしたその時。誰かに肩を掴まれた。
「なーに、早とちりしてんだ。俺はまだピンピンしてるぞ」
「ら、ライト!?」
その人物は、痛みにうずくまっていると思っていたライトであった。彼の腕は切断されていた上に、HPゲージはもう殆ど見えないほどになっていたが、そんな事関係ないとばかりにピンピンしていた。
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(あーあ、腕切られちまったか)
ロロナを助けた為に、切り落とされた腕を見ながらライトはそんな事をのんきに考えていた。そして、集中により、引き伸ばされた体感時間の中で、じんわりと上ってくる痛みを感じとると。
(自身操作ってやっぱ便利だな)
自身操作を起動、痛覚を遮断することでそれに対処する。それと同時に、¨パリン¨とガラスが砕けたようなエフェクトがライトを包む。
(お、これが即死回避ってやつか。とってて良かったな)
VITが貧弱なライトが、ナイトメアオークの攻撃を受けて生きているのは、このスキル¨即死回避¨のお陰である。これのお陰で、彼はギリギリながらも生き延びることができたのだ。
(リース、一度戻っていてくれないか)
(まあ仕方ないかな、もうMPはないしお荷物になりそうだしね)
そう念話を飛ばすと、ライトはリースを送還する。もう彼女のMPを回復できるだけのポーションは使いきっており、物理攻撃手段を持たない彼女は、格好の的になってしまう可能性があるからだ。
そして、ライトは今すぐにでも一人で飛び出してしまいそうな、ロロナの肩に手を置いて制止する。
「なーに、早とちりしてんだ。俺はまだピンピンしてるぞ」
「ら、ライト!?」
予想外の人物による制止に、ビックリしたような声を上げるロロナ。彼女はライトの顔と左腕を交互に見て、また顔が驚愕に染まるが、それと同時に彼がまだ生きているという点で安堵の色も同時に見えた。
「さて、ロロナ。相手はもう瀕死だが、俺じゃあちょいと火力不足だ。だから、手伝ってくれないか。勿論無理にとは言わない、無理ならあのオークに攻撃されないよう距離をとっていればいいさ。なぁに、ニ十分もすれば倒しきれるだろよ」
そんなライトが提案したのは、ある理想的な案であった。確かに、彼の実力なら時間はかかってもあのナイトメアオークを倒せるだろう。
ただ逃げているだけでこの状況が改善する。その魅力的な提案に、無意識にゴクリと生唾を飲み込んだ彼女は、
「いや、ボクも闘うよ」
きっぱりとそれを断り、共に闘う道を選んだ。これでもあの日ライトに負けてから、いつの日か勝つのを目標にしてきたのだ。確かな根拠は無いものの、ここで逃げては一生彼には追い付けない。そんな事をふと考えた彼女だからこそ、もう一度拳を握ったのだ。
「よし、それじゃ話は早い。ロロナ、お前はこのまま真っ直ぐ突っ込んで、今打てる一番火力のある殴りのアーツをアイツに叩き込んでくれ。途中のサポートは俺らがする」
「オッケー! 信じてるヨ、ライト!」
両の拳を合わせ、練気功を発動するロロナを横に、ライトと分身はナイトメアオークに向かって走る。そして、ナイトメアオークに対して、接近戦を挑む。もはや触れるだけでも吹き飛んでしまうほどのHPしかない彼は、右手と両足を使ってナイトメアオークに食らいつく。
(接近戦なら、あの衝撃波は使えないだろ!)
ナイトメアオークが新しく見せた攻撃も、接近してしまえば殆ど意味をなさなくなる。そして、接近戦となれば今までの戦闘データからの予測により、ライトには次の攻撃が手に取るように分かっていた。
そして、ライトがナイトメアオークの注意を引き付けている間に、ロロナは準備を終える。彼女の右手に段々と気が集まっていき、さらにそれが炎を纏う。その拳構え、一気にナイトメアオークにへと走る。そして、後一歩のところまできたその時、接近する彼女に気づいたナイトメアオークが、その棍棒を振るおうとする。
もう拳を振りかぶっており、避けられるタイミングではない。しかし、ロロナの顔に絶望の色はない。なぜなら、
「「「震脚!」」」
ライトを信じていたからだ。ナイトメアオークの周りにいた彼とその分身が放った震脚は、見事にナイトメアオークの動きをほんの少し止める。そして、
「爆崩拳!!」
「「「崩拳!」」」
前後左右から、同時に崩拳を見舞う。普通なら、殴った時のエネルギーの内、いくらかは後ろにへと通り抜けてしまう。しかし、四方から押さえつけられ逃げ場を失ったエネルギーは、ナイトメアオークの中で爆発を起こし。
「プギァ……ァ」
それだけのエネルギーを食らったナイトメアオークは、今度こそ倒れ、光の粒子となって消える。
「終わった……か」
「終わった……ネ」
長かった闘いが終わり、ロロナはその場にしりもちを着くようにして座る。これだけ長時間の闘いだったのだ、精神的に疲れて
もおかしくはない。
「あ、朝日……」
そして、二人の勝利を祝うかのように、朝日が上り出すのであった、