第四十三話
(この街も、随分とプレイヤーが増えたな)
宿屋で朝食を取りながら、ライトはそんな事を思っていた。辺りを見渡すと、少し前までは自分しか客が居なかったが、今はちらほらと他のプレイヤーの姿が見える。
第三の街に入ってから、攻略組の規模はさらに拡大した。情報の販売に素材買い取り、さらにある程度の金を出せば、生産職のプレイヤーが装備を作ってくれる。
確かに、これらのサービスは、有料なのがほとんどである。しかし、法外なほど高い訳でなく、それでいてほぼ全プレイヤーが利用するとなれば、攻略組は莫大な収入を得ることに成功していた。
金を稼ぎ、それで他の有能なプレイヤーをスカウトしたり、装備を最高クラスにしたりなど、それらのおかげでこうしてデスゲームでありながら、人々の頼れる存在が大きくなったことで、プレイヤー達の心境は安定していた。
(さて、今日もレベリングに勤しむとしますかね)
朝食が乗っていたプレートを、カウンターに返すと、ライトは宿屋を後にする。
ライトのようなフリーのプレイヤーは、このように気ままにレベリングや、金稼ぎに精を出すのが日課である。しかし、今日はそれだけが目的ではない。
「ここらでいいかな。人は……いないな」
ライトは、街を出てフィールドに行くと、人気の無い場所まで移動する。そして、
「分身」
分身のスキルを発動。煙と共に現れた分身、
「お、上手く言ったな」
「そうだな、ちゃんと分身できてる」
「しかし、SP量が減るのは少々きついな」
いつもなら二人に別れるのだが、今回は¨二人のライト¨が出現した。つい先日、分身のスキルレベルが規定に達したというメッセージを受け、ライトがスキル欄を見てみると、このように分身の数がプラスされていたのだ。
試しにその場で、三人がそれぞれ別の動きをしてみたのだが、問題無く動く事ができた。並列思考での、思考域を三つに増やす必要が有ったが、二つができた時点で自身操作のあるライトなら、思考域を増やすのは容易い。
増えた分身の感触を確かめているのもつかの間、分身の視界端にライトはモンスターの姿を捉える。そのモンスターは、草原のフィールドを土煙を上げながら駆けてくる。クレイジーボア、それがこのモンスターの名前だ。
「ちっ、もう少し感触を確かめたかったんだが」
そんな舌打ちと共に出た感想を吐き捨てながら、三人のライトは散開し、一直線に突っ込んでくるクレイジーボアを避ける。
「ブモォ!」
クレイジーボアは、突進を避けられると、直ぐにその場で急停止して散開した内の一人に向けて再度突然を開始する。が、
「所詮イノシシだ、横からの攻撃には弱いだろ」
その両横からの斬撃に、突然を中止させられる。クレイジーボアは、反撃しようと体を反転させるが、既にライトは距離をとってしまっていた。
ゆっくりと二刀の短刀を手ににじり寄る三人のライト、クレイジーボアはすっかりその内のどれに攻撃をするかを見失っていた。そして、
「中々硬いじゃないか、これなら色々試せそうだ」
それは万に一つもライトに対する勝ち目を無くした、ということである。
「ふむ、やっぱり第三の街ともなれば、店売りでも質は上がるか」
クレイジーボアを倒した後、ライトは左手の短刀に目線を落としながら呟く。今ライトが装備している短刀は、カンフに着いてから適当な武器屋で買った代物である。
短刀での二刀流という戦術をとるライトは、そろそろサブ武器としては持っていた銅のナイフを新調したいと思い、鉄の短刀と書かれていた武器を買っていたのだ。流石に、忍者になった際に貰った短刀よりは性能が落ちるものの、銅のナイフよりはずっと良い。
ライトが新しい装備を確認するついでに、ステータスの確認を行っていると、
(おっ、幾つか進化できるスキルがあるな)
スキルレベルが上がり、次のスキルに進化可能な物を発見する。今回進化可能なのは、殴りと蹴り、そして走りの三つ。特に進化を躊躇する理由もないので、ライトは即座にそれらを進化させる。すると、それぞれのスキルレベルは一に戻り、名前の方は
殴り→剛拳
蹴り→疾脚
走り→ダッシュ
の三通りに変換されていた。
(最後のは変わったのか?)
そんな疑問を持ちながらも、ライトは新たに進化したスキルを使いこなそうとステータス欄とにらめっこを始める。
すると、ライトに近づく影が一つ。
「クェーーー!!!」
「こいつは……確かシザーズチキンだっけ?」
その鶏のような影は、ライトを視界に捉えると、ライトに向けて突撃を開始する。クレイジーボアよりも遅い突進であったが、少々ステータス欄を読むのに集中し過ぎていた。突進こそ普通に避けられたものの、
「クェーーッ!!!」
「おわっ!」
接近してきたシザーズチキンが、大きく鳴いたと思うと、その身から四方に尖った羽が散弾のように巻き散らかされる。
このタイミングでは、避けることは厳しい。かといって素手で触れるような物でもなく、武器を引き抜く暇もない。少し前のライトなら、集中を使って少々被弾しながらギリギリ避けていたかもしれないが、今は違う。
「剛拳、疾脚」
「クェ?」
ライトがそうアーツ名を宣言すると、ライトの両手両足は黄色いオーラに包まれる。そして、そのまま迫り来る羽を叩き落とした。
「硬の強化版ってことかな、結構使えそうだ」
オーラを纏った手を開いたり閉じたりしながら、ライトはそんな感想を抱く。スキル進化により得た新たなアーツ、これらはほぼ硬の上位互換といった性能である。
「さてと、今日はレベリングついでに、スキルの試運転の日にでもしますかね」
新たなアーツでシザーズチキンを倒したライトは、そう言いながらフィールドを駆け出すのであった。