第四十三話 後ろの目
「さてと、まず最初にそっちが出した条件は、五万Gだったかな」
「その通り、それだけ有れば文句はない」
まずは牽制とばかりに、ヴィールはライトの提示した条件を復唱しながら顔色を伺う。しかし、ライトが表情を崩す事はない。どうやら、外見に気圧されてはいないようである。
それならば、こちらから攻めようと、ヴィールは口を開く。
「このまま素直に要求を飲んでも構わないのだが、こちらからも少しばかり要求をさせてもらいたいのだが」
「何? 支払い額をまけてくれって相談かい? それても分割払いの相談かな」
ヴィールの言葉を聞いて、少しばかり茶化しも入れながらライトは言葉を返す。
「違うな、お前を俺達攻略組に招待したい。今受ければ、更に二万Gに厚待遇の席も用意しよう」
「えっ!?」
ヴィールの口から出た言葉に、思わず隣に居たロロナが声を上げる。その反応からわかる通り、これはロロナにも知らされていない交渉である。
一般人なら飛び付く交渉材料。それを聞いて、ライトはアイスティーに口を付けると、
「断る」
そう言いながらグラスを置いた。そのあまりに簡素な言葉に、ヴィールは片眉を動かしたが、まだ表情は崩さない。
「何故だ、攻略組に入れば強いパーティーでの安全なレベリングに、固定給すらあるぞ。ソロプレイよりもよっぽどいいと思うが」
「¨一つ¨」
「「?」」
ヴィールが攻略組の利点を話すと、ライトがいきなり自身の顔の横で人差し指を立てる。ヴィールと、その隣にいたロロナもその行動を不思議に思ったが、ライトは続ける。
「俺は現状金に困ってなどいない。むしろ余ってるくらいだ」
ライトは更に中指も立てて、合計二本の指を立てる。
「¨二つ¨ 安全なレベリング? 俺は一人の方が安定している」
「¨三つ¨」
最後に、薬指も立てて話を続ける。
「強いパーティー? 俺はついこの前攻略組の相手を三人同時に相手取ったが、そいつらは俺に一撃たりとも与えられなかったぞ。あれならまだロロナ一人の方が強いかもな」
「以上三つの理由により、そっちの要求は拒否させてもらおう」
言い終わると同時に、今まで指に注いでいた視線を、ライトはヴィール達に戻す。一つづつ、自分が上げた利点を否定されたヴィールは、一つため息を吐くと
「……分かった。無条件で飲めというのは否定しよう」
「¨無条件¨ってのが引っかかるな。何か条件でも付けて再交渉する気かい?」
すると、ヴィールは一つ指を鳴らす。すると、今まで喫茶店の出入口にいた、ライトを襲った男がやってくる。男は、ヴィールに何か指示をされると、メニューからアイテムを取りだし机に置く。その、手のひらサイズの四角い箱の正体は、
「こいつで勝負をしないか、そっちが勝てば最初の条件にプラス二万G出す。そっちが負ければ、さっき出した条件を飲んでもらいたい」
「ほう、トランプとはまたシンプルな物を持ってきたな」
そう、トランプであった。呼び出された男は、まだ不思議な顔をしていたが、ライトとヴィールは構わず話を続ける。
「受ける前に、勝負内容とルールを確認して置きたいんだが」
「勝負内容はシンプルなドローポーカーで、ジョーカーは一枚。十五回やってチップの多い方が勝ちだ」
「スタートプレイヤーは?」
「最初はコイントス、後は一回交代だ。」
ライトは、ヴィールから手渡されたトランプを確認しながら、勝負内容についての質問をする。そして、細工がない事を確認すると、
「いいだろう受けよう、その勝負。ただし、上乗せレートは変更させてもらう。一枚千Gの取り合い、それなら受けよう」
「その言葉に二言は無いな」
さらに一つ条件を加えて承諾する。ヴィールとライトは、互いに一度づつトランプをシャッフル。そして、ディーラー役の男を机の横に立たせて、ゲームは始まる。
「まずはコイントスだ。いいぞ、先に選んで」
「じゃあ裏で」
ディーラーが弾いたコインは表。よってヴィールがスタートプレイヤーとなった。
ディーラーが一枚づつ交互にカードを配り終えると、二人は同時に配られたカードに目を通し、次に相手の表情を伺う。
「一枚レイズ」
「コール」
ヴィールがコインを一枚追加すると、間髪いれずにライトも一枚追加する。そして、共に三枚のカードを交換する。ヴィールは、二回目の掛け金変更はせず、そのままコール。ライトもそれを受けて、互いに手札オープン。
「八のワンペアだ」
「こっちは六のワンペアだ」
第一戦は僅差でヴィールが白星を奪う。しかし、今はまだ互いに手を伺っている段階。二人揃って大きな動きは見せない。
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「あーあ、ヴィールの悪いクセが始まっちゃったナー」
ライトとヴィールがポーカーに精を出す隣で、会話に入れなかったロロナは、つまらなそうにストローに口を付ける。透明なストローをオレンジジュースが数度通ると、ロロナは満足したのか口を離す。
「リースちゃんはどっちが勝つと思う?」
オレンジジュースが無くなって暇をもて余したロロナは、対面に座っていたリースにへと声をかける。二人の勝負を見ていたリースは、一度はっとしたようにロロナに目を向けると、
「うーん、どうだろうね。ライトはそんな運が良いとは言えないからね。そこなヴィールとか言う人の運が普通以上なら、運では負けるんじゃないかな」
顎に人差し指を当てて、少しの間考えるとそう答える。
「そうなんだ。じゃあヴィールとは良い勝負するかもね、ヴィールは賭け事好きだけど、飛び抜けて運が良いわけじゃないからね」
こうして、ヴィールとライトが、客が一人来たことにより鳴ったドアのベルにも気づかないほど、静かに火花を散らしている横で、ロロナとリースはふんわりとした話に花を咲かせているのであった。
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「オープン……俺の勝ちだな」
「ありゃ、少しは自信有ったんだけどなー」
六度目の勝負。今回はライトが九のスリーカード、ヴィールが十とクイーンのフルハウスとヴィールの勝ちで終わる。
今のところヴィールの方が九千Gほどプラスであり、手の良さからしても、やや運はヴィール寄りと言ったところか。
そして、続く第七戦目。
(カードは、クラブの六、七にハートのAとダイヤの二、八)
ヴィールの手は今のところバラバラ。ライトは一枚レイズをし、それにコールを宣言する。
(ここは無難にストレート狙いだ。揃わないようなら、最悪降りればいい)
手からAと二を交換に出す際に、ライトの交換枚数を見ようとすると、
(何ッ? ¨交換しない¨だと)
ライトはよほど良い手が揃っているのか、今回交換無し。ポーカーに置いて交換無しは、余程手札が良いか、それを錯覚させたブラフのどちらかだ。
(交換した札は……よし、ストレートは揃った。流れはまだこっちにある)
ヴィールの交換した札はダイヤの五と九、運よくストレートを完成させるものであった。
(さて、奴の手札は何だ? 可能性としてはまずブタ。他に手札を入れ換えられない役と言えば……)
ポーカーに置いて、五枚全てが揃ってなる役は、ストレート、フルハウス、フラッシュ、ストレートフラッシュ、ロイヤルストレートフラッシュ、ファイブカードの六種類。
さらに言ってしまえば、後ろ三つはまず出る役ではない。
(となると、ストレート、フルハウスあたりか?)
そうヴィールが思考を巡らしていると、
「¨ドロップ¨」
「なっ!」
予想外の声が聞こえた。この状況での降り(ドロップ)。普通ブタならまだ分かる。しかし、ライトが置いたカードは、
(四~八のストレートだと……っ!)
ストレートが揃っていた。しかも、それはヴィールの手に負けるギリギリの強さ。
「どうした? そっちも早くオープンしろよ」
「あ、ああ」
ライトに促され、少々抜けた声を出しながらヴィールは手を開ける。それを見て、ライトは口元を歪ませると、
「予想通り。やっぱ読みやすいな、アンタ」
「何?」
「さっ、次のゲームと行こうか」
そう呟く。それからと言うもの、
「レイズ」
「ドロップ」
「悪いな……ジャックのワンペア、ギリギリ勝ちだな」
ゲームはライトの方に傾く。ヴィールの手をまるで見透かしたようなレイズにドロップ。あっという間に十五戦目にして、ヴィールはマイナス九千Gと完全に戦況をひっくり返されていた。
(クソ……これがラストゲーム。完全に積んだか……っ!)
そう歯噛みしながら、ヴィールは配られたカードを手に取る。すると、
(ここでこの手か……駄目だ、どうせドロップされる)
ヴィールの手に入ったのはAとキングのツーペア。上手く行けばフルハウスも見える手。しかし、この状況ではライトがドロップを宣言するだけで終わってしまう。
ダメ元で四枚の上乗せ(レイズ)を仕掛ける。普通なら降りる(ドロップ)する。しかし、
「コール」
(え?)
ライトはそれを受けた。そして、互いに手札を交換する。ヴィールは、
(フルハウスは完成したが……ヤツは乗ってくるか? いや、ここは勝負にいかないとどのみち負ける)
「レイズ五枚だ」
最後の大博打とばかりの上乗せ(レイズ)それを受けて、ライトは、
「すまんな、俺の三のスリーカードじゃお前の、¨Aとキングのフルハウス¨には勝てないんでな。ここら降りさせて貰うぜ」
そう言って、自身の手札をオープンするのであった。
「それじゃ、これで交渉は終了ってことで」
「それじゃあね、ロロナちゃん」
「また話そうネ、リース」
呆然とするヴィールとロロナを見送り、ライトとリースは喫茶店に残る。結局のところ最初の提示額よりも多くの金を取り、勝利に終わった今回の交渉。
すっかり暗くなった外を眺めて、
「今回よくあんな手を思い付いたね」
ロロナは、ヴィールが座っていた席の後ろにいた、鍔の広い帽子を被った男に声をかける。その男は、帽子をとると、
「元々思い付いていた訳じゃないさ、警戒した結果、偶然の勝利ってとこかな」
そこにいたのは、ライトであった。それと同時に、先程までヴィールと話していたライトは煙のように消える。
「どうせ何か有ると思って、先に分身を行かせたのは正解だったな」
「あの男の人も全然気づいてなかったね」
そう、ライトは元々警戒として、この交渉に分身を先に行かせていたのだ。リースはいざとなればすぐにでも戻せる。しかし、仮に店の外から広範囲の魔法を連打されれば流石のライトもやられてしまう。
しかし、今回はそれが思わぬところで役に立った。あのポーカー勝負で、ライトはヴィールの後ろに座ることで、手を覗く。
そこで分身と本体の五感がリンクしている事を活かして、ワイヤレスでの盗み見と言うわけだ。
「さて、臨時収入の臨時収入も入った事だ。今日は少しばかり贅沢しようじゃないか」
「それじゃあ、今日はデザートにケーキでも付けようかな」
「好きなだけ付けていいぞ」
貸し切り状態となった夜の店内で、一人と一柱の神は勝利を祝って軽くグラスを合わせるのであった。
どうでもいい情報
あの場所での運の良さ
リース>>ロロナ>ヴィール≧ライト>ディーラーの男