第四話 動き出す物語 別視点
いよいよ、AWOのサービス開始の時刻が迫る。俺はワクワクから、まだ時刻前だというのに、いち早くログインするためにパルスギアを被ってベットに横になっていた。既に初期設定は終えている。後は開始時刻を待つだけとなり、サービス開始の時刻ジャストとなると同時に、キーワードを口にする。
「ダイブ、イン」
その言葉を口にした瞬間、俺の体は一瞬の浮遊感に包まれる。それが収まり、地に足の着いた感覚を踏みしめる。そして、周りを見渡すと、
(これこれ、この風景! この石畳! 数ヶ月振りだ)
そこには、βテスト以来の少し古いヨーロッパのような風景が広がっていた。俺、天河智也は実に数ヶ月振りにこの、AWOの世界へと戻ってきた。久しぶりの感触に、思わず周りのレンガ作りの建物をキョロキョロと見渡していると、一人の男が声をかけてくる。
「よ。と……おっと、ここではセイクだっけ。お前は、昔からゲームだとこの名前にしてたよな」
「ああ、なんとなく愛着湧いてな。そっちこそ、その名前は結構前からだろ」
「いちいち考えるのがめんどくさいからな」
俺がAWOに入ってからの最初の知り合いは、斎藤健二。ここではケンと名乗る現実でも友人の男だ。
俺のプレイヤーネームは、昔やっていた他のゲームの主人公の名前で、その、一振りの剣でドラゴンにも立ち向かう姿に憧れてつけたものだ。三文字で言いやすいこともあって、長い間他のゲームでも使う内に、すっかり愛着が湧いたようだ。
健二とそんな会話をしていると、横から二人の女性型のアバターが話しかけてくる。その顔は、今まですっかり見慣れたもので、
「えっと……智也よね。ってことはこっちは健二?」
「一応誘われたから来たわ……別にアンタとやりたくてやった訳じゃないけど」
腰に一本の木刀を携えた少女、久崎凛と杖を持った少女、山崎詞乃が話しかけてくる。二人のプレイヤーネームを確認すると、詞乃は、シェミルっと。凛は………って、
「お前、プレイヤーネーム本名じゃねぇか」
「悪いかしら、一応カタカナにはしたわよ」
「変に悪用されたらどうすんだよ。それと、俺らのこともプレイヤーネームで呼んでくれ」
まだ、ネットゲームなどロクにやった事のない凛に、説明をしていると、待ち合わせをしていたもう一人がやって来る。
「あら、皆さん。待たせてしまいましたか?」
「いや、……フェニックス。時間通りだよ、俺達もさっき来たばかりだ」
長い金髪を揺らし、現実世界と殆ど変わらない容姿のアバターを持った少女。鳳条灯、プレイヤーネーム『フェニックス』は、そう言いながら俺達の輪に入る。
「まだサービス開始してから五分くらいしかたってないからな、待つもなにもないだろ」
「アンタは、社交辞令ってをもう少し学んだほうがいいわね」
ケンとリンが横でそんな会話をしているのを聞きつつ、俺はメニューを開いて時刻を確認する。本当はあと一人、待ち合わせをしているの人物がいるのだが、その男は¨時刻までにログインしていなかったら、先に始めていてくれ¨とも言っていたし、今はそれに甘えるとしよう。
「よし、じゃあ町の外に行くか。アイツは先に始めていてくれっていってたし」
「そうですわね、セイクにもこのゲームのことを色々教えてもらいたいですし」
「私も、こういうゲームは始めてだから教わりたい」
「なら決まりだな。俺の斧の試し切りを早くしたいぜ」
俺はメニューを開いて、ケン達へパーティー申請を送る。AWOでば、五人までパーティーを組んで行動ができる。人数をオーバーすると、敵の能力が異常なまでに上がったりするのだが、人数さえ護れば経験値も等分されるので、とても便利である。
俺達は、初心者向けの低レベルモンスターが出る平原へ向かう。到着すると、既にやる気満々の健二は、初期装備のウッドアックスを手に、見つけたゴブリン相手に駆け出してしまった。
「ったく、アイツは」
「ま、アイツなら大丈夫じゃない? なんだかんだで、セイクの次にゲーム経験有るみたいだし」
「それもそうだな。じゃあ、これからこっちの三人にAWOの戦闘について教えよう。まずは、それぞれの職業ごとの説明をしようか」
まあ、健二には前もって説明したし、心配は無用だろう。それよりも、ゲーム経験には乏しいリン、シェミル、フェニックスの三人のほうが説明が必要だろう。
ちなみに俺の職業は戦士、幅広い武器が使えるバランスの良い職業だな。健二も戦士の職業をとっているし、剣や斧を扱うならこの職業が一番だ。
俺は、パーティー画面を開いて、三人のスキルと職業を見る。パーティー間なら可能なことで、口で説明されるよりよっぽど早い。
リンは戦士か、初期武器は……木刀ね。俺は剣だから微妙に使い勝手は違うが、最初のアドバイスぐらいは出来るだろう。
問題は、フェニックスとシェミルの二人だ。二人の職業は魔法使い。スキル構成は、フェニックスは回復と炎魔法が主体。シェミルは風魔法と水魔法と土魔法の三つが主体と。どっちも近接職の俺の専門外だけど、まあ、アーツの使い方ぐらいは教えられるか。
そうして、二十分ほどたち、皆がアーツの使い方にも慣れてきた頃。
「!?」
突如、俺達は一瞬の浮遊感を感じたと思うと、最初の広場へと転移させられていた。周りの人達も、いきなり転移させられたようで、困惑の声が聞こえる。そこで、黒いローブで顔を隠した男が音もなく空中に現れる。その怪しさ満点の男が言った、
『このゲームは、ただ今から脱出不可能になりました』
その一言は、これから忘れられそうにないくらい印象に残った。
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『まあ、それはログアウトのコマンドを削除したから、君達も今に分かると思うよ』
ふざけるな、なんでそんな事をする。セイクに最初に湧いてきた感情はそれだった。
『それでだ、とりあえず僕の目的について話そうか。といっても、正直に言ったところで、理解してもらえるとは思わないし……そうだね、足掻く君達を見るのが面白いから。とでもしておこう』
『だけど、何も救いがないと、君達人間は闘うことを放棄しかねないからね、クリア条件を出そう。このゲームのラスボスである魔王。あれを倒せたら君達は解放しよう』
突如現れて、荒唐無稽な事をべらべらと喋る男の話に、皆は絶句したまま耳を傾けていた。ログアウトができなくなっているのは事実であり、この男が言うことが嘘でない可能性もある。だからこそ、人々は、この男の言葉に耳を傾けざるをえない。
『うーん、死んだときはどうしよっか。一回でゲームオーバーってのも君達のやる気を削ぎそうだし……そうだね、十数回ぐらいは許して上げるよ。ただし、死んだら大事なものをドロップしちゃうからね。……でも、慈悲深い僕は倒された相手を倒せば、それはもとに戻るようにしてあげるよ』
『最後に。今、君達のゲームでは、思考高速化の装置を作動させてある。だから、ここで一年間過ごしてもあっちでは半月ぐらいしかたってない筈だよ。僕ってば、やっさしー」
『あと、外からの救助とかは宛にしないほうがいいよ。……うーん、説明はめんどくさいから省かせてもらおうかな……どうせ、いやでも分かるだろうし』
『じゃあ、頑張って僕を楽しませてねー』
男が消えてから、人々の反応は様々であった。虚ろな目で、消えたログアウトボタンの辺りをタップする人、空元気を出そうとする人。そして、状況が飲み込めていないのか、茫然と立ち尽くす人。
「……」
セイク達もその例に漏れず、立ち尽くしていた。お互いを除けばろくに知り合いもいないこの世界で、脱出不可能となったのだ。それも無理は無いだろう。
「!」
「っ! おい、セイク!」
その時、セイクが何かを見つけたようで、いきなり走り出す。他の四人もそれを追い、数十メートルほど走ったところで、セイクが止まる。そして、
「おい、お前……光一……だよな」
そう、自身の三メートルほど前にいる背中に問いかける。その男、
「ネットゲームで本名を言うのは関心しないな、¨セイク¨」
ライトはセイクへと振り向きながらそう答えた。
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