第三十八話
大小様々な色形をした石畳が、地面を彩るヨーロッパ風の商店街。
そこに店を構えていた喫茶店のテラスで、アイスティーのグラスを傾ける男が一人。
男は、照りつける日射の暑さから逃れるように冷たいアイスティーを飲みながら、視線を町にへと移す。店の二階という高さからみれば、それなりの範囲を見渡せる。淡く、明るい色のレンガ材で作られた町並みは、まるでどこかの映画のようにすら感じる。
ただ、そこで普通の人がみれば違和感を感じる点があるだろう。そう、¨ほとんど人がいないのだ¨しかも、よく見れば喫茶店も客は今グラスを傾けている男しかいない。
カラン。と、グラスの氷が音を立てた時、今まで沈黙を保っていた男が口を開いた。
「やっぱ……誰もいねぇー」
最速討伐を成し遂げた男、ライトは一人喫茶店でそう呟くのであった。
第二のボスを撃破した、という内容の機械音声によるアナウンスが鳴り響いた後、ライトは第三の町にへと降り立った。メニュー画面で確認するとこの町は『カンフ』と言うらしい。
「さて、と。来たのはいいけど、何しようか」
辺りを見渡すと、そこは第一の町にやや酷似したヨーロッパ風の町並みが広がる。しかし、プレイヤーは誰一人と居らず、いるのはNPCのみ。
ライトは、とりあえず町並みがよく見渡せる場所にでも行こう。と、考え二階建ての喫茶店にへと足を運んだのだが、やはりプレイヤーを見つけることは叶わなかった。
(しかし、本当に誰も居ないな。まさか俺が最速討伐だったのかね、自身操作使ってるとはいえ、ソロの俺が達成できるとは思わなかったな)
アイスティーを飲みながら、ライトは先程の闘いを思い出す。実際、黒狼は誰かがタンク役になって残りが叩けば何とかなりそうなボスである。とライトは考えていた。
だから、一組ぐらい先に討伐したプレイヤー達がいてもおかしくはないと予測していたのだが、現実は違った。
と言うのも、それはやはりライトのプレイヤースキルの異常さによるものだろう。
意識してはいないが、今のライトに一対一で勝てるプレイヤーなどほぼ居ない。AWOでも上位に位置するスピードに、自身操作による集中力増加、それに武術経験。これら三つに支えられたライトは、単純な戦闘では無類の強さを発揮する。まあ、それもほぼ全てが自身操作によるものなのだが。
「一番乗りみたいだし…………探検といきますか」
飲み終えたアイスティーの料金をテーブルに置き、ライトは店を出る。全く知らないこの第三の町、となれば掲示板もほぼ役立たない。となれば、自分で調べるしかない。という事で、今日の残りの日程は町の探索にあてられることになった。
コツコツと、石畳と靴がリズムよく音を響かせるのを聴きながらライトは歩く。どうやらヨーロッパを参考にしているのは、建物だけではなく、気候まで参考にしているらしく、今までの町よりもやや暑く湿度が低めな印象を受けていた。
先程の店でテイクアウトしたアイスティーを飲みながら、町を歩いていると、
「おー、なんだこれ。コロッセオだっけ?」
あの喫茶店の二階からも、ぼんやりとは見えていた建物に着いた。それは、近づいてみると他の建物よりもかなり大きく、特徴的かつ丸い外見をしており、殆どの人は、ローマのコロッセオと間違えてもおかしくはないものであった。
その見上げるほど大きなコロッセオをひとしきりみた後、ライトは中に入ってみようと試みる。すると、コロッセオの入り口付近に立っていた衛兵のような男に声をかけられる。
「ここはバトルコロッセオです、残念ながら今はPVイベントは開催しておりません」
(ふむ、ここでは大規模なPVPイベントとかの開場なのか)
定形文的な言葉から、起こるであろう事を推測しながら、ライトは中へと入る。
中は中央に円形の広場を一つ。そして、それを囲むように段々になった観客席と、誰もが想像するコロッセオそのままであった。
コロッセオを見終えてからも、カンフの町を歩き回り、あらかた見終えた後に、ライトは適当な宿で少し高めの部屋をとる。
最速討伐の褒美とばかりに、高めの部屋をとったおかげで、今までよりも柔らかく寝心地の良いベッドに埋もれながら、ライトは掲示板を開く。
何かいい情報でもないかなー、と言った軽い気持ちで掲示板を開いたのだが、
【アイツは】AWO攻略スレpart43【誰だ】
【攻略組】AWO雑談スレpart62【敗北www】
【もうアイツだけで】謎のソロプレイヤーについて情報モトム【いいんじゃね】
表示された画面を見て、ライトは言葉を失った。
(…………はっ! いかん、少し絶句していた。それにしても、なぜこんな話題になっているんだ?)
スレッドを覗いて見ると、話は黒狼を倒したソロプレイヤー、つまりライトで持ちきりになっているようである。
最初は、なぜそれがバレたのか。と思っていたのだが、どうやら各ボスを倒すと、第一の町にある石板に名前が乗るらしく、今日の正午頃に、いきなり無名の男の名がポツンと記されたことからいまの騒ぎが始まってしまったらしい。
壮絶な勢いでされる掲示板上での話を見て、ライトは一度掲示板を閉じると、
「しーらね」
そう呟いて無理矢理眠りにつくのであった。