第三十五話 焦燥
辺りを闇が覆い尽くし、不気味な遠吠えが鳴り響く夜。
「…………しつこいな」
ライトは林の中を駆けていた。その後ろには数十のモンスターがライトを追いかける。
ライトは、ボス戦に向けてレベル上げの為に林に足を運んでいた。そこで、二匹のコボルトを見つけ戦闘をしていたのだが、どうやら近くのモンスターに気づかれてしまったようで、逃げている最中だと言うわけだ。
(仕方ない。少々面倒だが、それだけだ。さっさと終わらせるとしよう)
ライトは、しつこく着いてくる後ろの集団をちらりと見ると、一つため息をついてから立ち止まる。
「……分身」
顔の前で人差し指と中指を立てた印を結び、分身のアーツを発動させる。
そして、二人のライトは小刀を逆手に持ち、迫り来るモンスターの方を向くと
「ステップ!」
一気にその集団に突っ込んだ。
モンスターの集団に突っ込んだライトは、当然猛攻を受ける。左右からはもちろん、さらには上からフクロウのモンスターも襲いかかり、常人なら逃げ場が見当たらないような場所。
しかし、ライトは違う
「……集中」
自身操作により高められた集中力は、まるで周囲がスローにでもなったようにライトを錯覚させる。さらに、記憶復元により、様々な武術の動きをライトは再現する。
この二つが、圧倒的物量の攻撃の雨のなかにありながら、全ての攻撃を避け、流し、受けることを可能にしていた。
上から降り下ろされるコボルトの剣を、懐に潜り込みコボルトを投げてしまうことで回避し、横から迫るナイトウルフには投げナイフを投てきする。
そのナイフは真っ直ぐにウルフの眼球にへと刺さり、ウルフを怯ませることに成功する。
「ステップ……スラント」
さらに、ステップを発動してウルフに向かって高速接近。そして、その横を通り抜けるようにスラントをチェイン。その一撃でウルフは消え去る。が、まだまだ数多くのモンスターがライトを狙う。
「ウォ」
ライトが着々とモンスターの数を減らしていくなか、一匹のコボルトが新たに仲間を呼ぼうと、遠吠えをしようとしたその瞬間。
「…………!!」
「呼ばせん」
ライトはそのコボルトの懐に潜り込むと、遠吠えをされるより先に、コボルトの喉に逆手に持った小刀を突き刺す。
そして、今までの移動の勢いを殺すことなく、突き刺した小刀を薙ぎながらコボルトの横を抜ける。コボルトは喉を裂かれ、当然遠吠えは中断させられる。
しかし、HPをゼロにはしていなかった。コボルトはその手の剣を握り締め、背中を向けているライトに降り下ろそうとした。が、
「……弧脚」
その後ろから、まるで三日月のような軌跡を伴った蹴りを受けてしまう。そのアーツの一撃で、HPはゼロとなりコボルトは消える。
こうして、二人のライトにより、あれだけいたモンスターは一匹たりとも残ることはなかった。
「ふむ、ざっと三十分ってとこか」
ライトは、月明かりが照らす夜空の下、メニュー画面を開き時刻を確認する。
現在の時刻は、午前三時二十分。殆どの人は眠りにつき、このフィールドにはライトしか居ないと断言すらできるこの状況。だからこそ、こういったゲームでは嫌われるトレイン(モンスターの注意を引き付けたまま、フィールドを走り回る行為)もある程度はできたのだ。
今日の成果と時刻を確認し終えると、ライトはメニューを閉じて町にへと帰る。
そして、宿に帰るとベッドに倒れこむように横になる。
(あー、クソ。少し頭痛てーな)
ライトが訴える頭痛。それは、集中による所が大きい。
今日、ライトがフィールドに出たのは朝の八時頃。そして、それから¨ライトは、一度も町に帰っていない。¨
約二十時間にも及ぶ連続戦闘、そこに意図的なゾーン状態を維持しようと思えば、脳にかかる負担は莫大なものとなる。そのせいで、今頭痛を訴えるのである。
(ただ、これで大分レベルは上がったな)
ライトは、ここ一週間近くこんな生活を続けていた。リースを呼び出す時は、休憩を入れたり一度町に戻ったりしてはいるものの、夜にはまたフィールドに駆り出していた。
そのおかげで、ライトのレベルは驚異的な速度で上がっている。それこそ、攻略組のトップよりも早い速度で。
ここまでライトが自身を追い込むのは、
「やっぱ、『死』ってのは恐ろしいものなんだな……一度経験したが、慣れそうもない」
『死』という存在だろう。このゲームは、もはやただの遊び等ではなく、現実での死すら孕んだデスゲームなのだから。
その不安から、ライトはオーバーワークにも似た過剰な戦闘を繰り返していたのだ。何もしない事が不安で。
横になっていたライトは、目を閉じる。
元々普通の高校生だったライトを支えるのは、
『お疲れさま。そしておやすみ、ライト』
『おやすみ、リース』
神の従者としてのプライドと、リースという少女の姿をした神にみっともない姿は見せられない。そんなちっぽけな、彼にとっては大きな自尊心であった。