第二十五話 対人戦
ロロナの知り合いに会った時のような口振りに、赤い髪色の男が二人を交互に見る。すると、
「あれ、ロロナちゃんと知り合いなの?」
「うん、そうだヨー。この前酒場でちょっとね」
「へー、お兄さん強いんだね。こんなところにまで三人で来るなんて」
「俺たちが知らない攻略組ってことか。どこのグループなんだお前」
そんな驚きと、ロロナの返事にさらに黄色の髪色の男が乗っかり、鋭い目付きを持つ藍色の髪色の男は、ライトにそう問いかける。
「いや、俺は誰かの傘下になんて入ってない。ただのしがない一プレイヤーさ」
ライトは、この場に留まるのは少々めんどくさそうだと感じ、男の問いを軽く流すとその場を去ろうとする。すると、赤い髪の男がライトを呼び止めた。
「ちょっと待った。ライトと言ったかな、ここ去るのなら君のマッピングデータを置いていってくれないか」
「は?」
このAWOでは大雑把な地図は有るものの、詳しい地図と言うものは、基本的に各プレイヤーが地道にマッピングをすることでしか作られない。
だからこそマッピングデータは重要な情報であり、しかも新フィールドの情報となればその重要度はさらにハネ上がる。
それを、「売ってくれ」ではなくいきなり「よこせ」と言われれば、誰でも今のライトのようにすっとんきょうな声が出ることだろう。
「どうした、早く渡せ。お前みたいな一プレイヤーより、俺達攻略組の方がそのデータは上手く使える。だから渡せと言っているんだ」
「ネロっちは言葉がきついねー、まあネロっちの言っていることが俺達の総意ってことで」
「お前らもう少し言葉を選べ!」
ネロと呼ばれた緑髪の男が冷淡な口調でそう告げると、黄髪の男が同意し、赤髪の男が制止する。その一連の流れを聞いて、
「断る」
それだけ告げてライトは再びこの場を離れようとする。しかし、
「おっと、ここは通さないぜ」
藍髪の男が前を塞ぐように回り込み、丁度挟まれる形でライトはその場に立ち止まった。
「お兄さーん、お早い行動もいいけど、理由を聞かせてくれないかな」
「理由? 簡単だ、お前らの理論が破綻してるからだ」
「へぇ、どこが破綻してるのか聞かせてくれよ」
ライトがそう黄髪の男の問いに答えた瞬間、藍髪の男の目つきがさらに鋭くなる。そんな貫かれるような視線を受けながらも、
「簡単だ。お前らは俺よりもデータを上手く使えると言ったが¨それは違う、俺の方が有益に使える¨ってことだよ」
「ハハッ、何言ってるんだ。俺達はβテスターだぜ、早いとこボスを倒すためにそいつが必要なんだ。それでも断るってのか」
大きく笑い、自信らの論を語る男。その話を聞いた上で、ライトは大きなため息をつくと、
「このままじゃラチが明かないな。ハッキリ言ってやるよ、¨お前らは俺より弱い。そんな奴に無償でデータをやる義理は無い¨って言ってだよ」
「あ?」
そう告げる。その瞬間、明らかに周囲の空気が変わった。特に緑髪と藍髪の男は、見るからに青筋を立てる寸前といったところである。
「身の程知らずとは、テメェみたいな奴の事を言うのかもな」
「仕方ない。そんな奴には身の程を教えてやるしかないようだな」
「ちょちょっと、二人とも。まさか闘う気なのカナ!?」
ライトの発言は我慢なら無かったようで、二人はそれぞれ武器を構える。緑髪は弓を、藍髪は片手剣を。そんな二人を見て、ロロナはそれを止めようと、二人をなだめようとしたが、止まる様子は無い。
「どうやらこっちの二人はやる気みたいだが、そっちの二人は?」
「面白そうだからボクは参加しようかなー、カガっちはどうする?」
「いや、俺は遠慮しとくよ。一人くらい帰り道の余力を残しておかないといけないしな」
黄髪の男は、そんな軽い口調で参戦を決め、赤髪の方は首を振って不参加を決める。
藍、緑、黄と三人の男がそれぞれライトに、武器を構えるのを見て、
「ラ、ライト。今からでもデータを渡した方がいいんじゃないカナ。あの三人、態度に少し問題はあるかもしれないけど、実力は本物だよ」
「それはムリだな、だって俺マッピングなんてしてないからな」
「え?」
「それに、ロロナは俺があんな奴らに負けるとでも思ってるのか?」
ライトの答えに呆然としてしまったロロナを尻目に、ライトは腰の小刀を抜いて、三人の前に立つ。
「リース、下がっててくれ」
「りょーかい。近接戦じゃ私はあまり役立たないからね」
ライトの指示で、リースはロロナの隣へと移動する。緑、藍、黄の内二人の武器は見るからに近接系であり、魔法職であるリースはこの闘いは不利になる。そう判断した上の行動であった。
「待たせたな、いつでもいいぞ」
「へっ、後悔するんじゃねえぞ!」
ライトの返事を合図に、藍と黄の二人が左右からライトに迫る。黄が左からナイフを振るい、藍が右から袈裟切りを仕掛けた。が、
「「なッ!!?」」
「残念でした」
ライトは分身を使うと、一人づつ右手の小刀でその攻撃を受ける。全く同じ人物が増えたことで動揺したのか、二人の顔は驚愕に染まり動きが止まってしまう。しかし、
「お前達、しっかりしろ!」
緑髪の男だけは、気を取られたのもつかの間、直ぐに弓をつがえてライトへ向けて発射する。
「なんだよ、人が折角気分よく相手の先手を返せたってのに。それをそんな横から邪魔するなよ」
もっとも、二人のライトは空いている片手で投げナイフを投てきし、その内の一本は矢を弾き、もう一本は男の喉元へ刺さる。男は喉元の異物感からか、後ろへとよろめきながらナイフを引き抜こうとする。
「テメェ! よくもネロを!」
「ネロっちを!」
藍髪の男は、緑髪が倒されたことに本気で腹を立てたようで、片手剣のアーツ『サークルスイング』というスラッシュよりも上位のものを容赦なく使う。黄色の髪の方も『スラント』を使った一撃を当てようとした。が、
「熱くなるのもいいが、足元も気をつけろよ」
「「!!」」
二人のライトはその場でしゃがむと、男らの足元を蹴ることで転ばせる。男らは直ぐに立ち上がろうとしたが、
「これで終いだな、大人しくしてるなら殺しはしねぇよ」
「……グッ」
ライト達に喉に小刀があてがわれると、苦悶の表情を浮かべたが武器を手放し大人しくなる。
しかし、
(隙だらけだ、この距離ならもう外さん!)
ライトの背中側に倒れていた緑髪の男。そいつがナイフを引き抜き、立ち上がる。男はゆっくりと弓構えて、狙いを定めた瞬間。自身の頭に何かが当てられたのを感じる。
「おっと、動かない方がいいよ。何かあったら直ぐにでも攻撃魔法を打つからね」
「な、お前は後ろに下がってた筈じゃ」
「下がってろとは言われたけど、戦闘に参加するなとは言われて無いんでね」
「…………参った、俺の負けだ」
その正体は、リースの持つ杖の先端であり、その先から漏れる光が既に詠唱が終わっている事を示している。
緑髪の男はもう逆転は不可能と悟り、武器を捨てて両手を上げる。
こうして、ライト初のPVPではない対人戦は幕を閉じたのであった。