第二百二十六話 駆け引き
いつものように空間を最大限広くとる闘い方では、季楽の幻術で足場を偽装されるリスクがある。それに、速度で大きく差がつかないのもあってヒットアンドウェイの徹底も難しい。
(やるか)
(動きが変わった。このままでは俺の方が有利だと悟ったか)
ライトは一気に季楽との間合いを詰めて魂喰らいを逆手に持ち替えて振るう。逆手で短刀を持つメリットはいくつかあるが、特に大きいのは素手での格闘と同時に刀を振るいやすいというところだろう。
季楽の斬りおろしをさらに内側に潜ることで回避し、相手の追撃を刀で持った方の手の掌底で弾きながら喉に向けて魂喰らいを向ける。季楽も直撃は体裁きで避け、ライトと同じように短く逆手に短刀を持ち直しながら、膝蹴りで反撃する。
「なかなかいい軽業だ、貧弱な体を利用するとはな」
「あんたの体術のキレが悪いだけじゃないか」
季楽の膝蹴りを左の手のひらで受け止めると、そのまま勢いを殺すように上に飛び上がり、相手の延髄につま先で蹴りを打つもそれは受け止められた。普段ならステップを使って離脱するところだが、それでも離れずに拳をさらに打ちながら離れない。
過剰集中による体感時間の延長を利用した超近距離での戦闘。全身に強化アーツをかけているおかげで、指先が掠っただけでHPがゼロになるということはない。季楽自身も溜めなしで高火力を出せるような戦闘スタイルではないのだろう。
互いに削り合い詰将棋のような戦闘を、高速で飛び回りながら分身を操り続けている。ライトは実戦での鍛錬はもちろん、久崎流の体裁きに関しても記憶復元を使い鍛錬を続けている。だが、その体術ですら季楽に対しては決定打にはならい。
それどころか、
(身体スペックではあっちが上だよな)
刀での競り合いも、拳の打ち合いも、そして身長というリーチの長さでも季楽の方がライトよりやや上なのだ。獣人と人種という種族的なものも、才能も、その両方がどちらも負けている。これが裏我のように相手の強みとこちらの強みが違っていれば相性や闘い方で何とかなるのだが、これではじりじりとリソースを削られて負ける。
「土遁 砂礫翔風」
「風遁 来風旋風」
ライトが大粒の砂を巻きあげながらたたきつける忍法を打てば、季楽はそれを吹き飛ばす忍術を打つ。ライトの能力値的に忍術に規模の割に威力が低いのもあって、砂は目くらましの役割すら果たせずに散った。
「術の練りが甘いぞ、だからこうして散らされる」
「あいにく術に籠められる力も限られてるんでね」
互いに削られた分身を再度出現させながら話す二人、ここまで致命傷を避けつつそれを五体同時にこなしているというのに互いに動きが鈍る様子はない。
(ふむ、あっちのやつらが援護してくるかとも思ったが想定より賢いようだな)
季楽がちらりと見たのはトイニとリースがいる部屋の隅の方。彼女らはライトの指示で防御用の結界を張った状態でライトと季楽の闘いを見守っている。彼女らが攻撃魔法で援護するのであれば、必ずその防御は薄くなる。
季楽は知っている、魔術を使うタイプの相手は特に攻撃魔法に転じる瞬間が無防備になる。距離にして一部屋ない程度の距離。たったそれだけなら分身含めてリースたちに殺到すれば瞬殺できる。季楽の負け筋としては、自身もろともこの部屋をすべて破壊するような魔術を使われるのが最も線だと考えている以上それを排除するのはまっとうな判断である。
「ライト!」
(かかった!)
ライトは速度と体裁きで季楽をやり過ごしているが、それには慣れたとばかりに季楽がライトの体制を崩しその肩へ短刀を突き刺す。パリンとガラスが割れるような音とエフェクトが散る。即死回避、ライトの持つ最後の防御札でありこれより先はただの一撃でHPがゼロになる。
それでもライトが一度本気で逃げに徹すれば、それを捉えるのは季楽でも容易ではない。その一方で、それを見ていたトイニはそれを理屈では分かっていても、彼が危ないと反射的に援護の魔術を発動してしまう。
「まずは、お前だ」
トイニたちが攻撃魔術に切り替えた瞬間に、季楽は最速で彼女らの方に向かう。魔法職である彼女にとってこの速度で迫る相手を迎撃する手段はない。左手でトイニの首元を掴み、引き寄せると同時に右の短刀を喉元に突き刺す、それで終わりのはずであったがそんな彼が感じたのは横からの衝撃であった。
(これは、砂!? そのあの人間が印を結ぶ気配はなかったはず……!)
季楽が衝撃のあった方に手を向けると、さきほどからあたりを舞っていた砂が意思を持つようにまとわりつく。そして、その一瞬があればライトが追いつくのは容易なことだ。
(この砂、あの形代か!)
季楽が疑問の答えを見つけ出すのはすぐだった。ライトが先の土遁で巻き上げた砂は、ミユを媒介とした砂。一度吹き飛ばされたとして、そののちにミユの意志をもって動かすことができる。
(だが、それでもやつの一撃では拙者の命には届かないっ!)
季楽が体勢を崩したのはたったの一手、ライトが偽装をもってようやく得た有利状況もその一手を乗り越えてしまえばまた、季楽有利の膠着状態が始まるだろう。だが、季楽が次に見たのは、
「その腕……は」
「……人妖合身(Shemale fit)不完全(Teil over)」
ライトの右腕に緑色に光るガントレットが装着され、それによる拳が迫る光景であった。
「札の力は使わなかったのか」
「……あの力は確かに強大だが荒い。それでは技が鈍るからな」
床にたたきつけられた衝撃で床は崩壊し、下の階まで落ちて季楽はもう闘う力は残っていないのだろう。ライトの問いにかすれた声で答えるだけであった。
「だが、強大なだけの力もこういう使い方はある」
「お前、何を!!」
最後に季楽が口を開いたその時、彼の胸から見えたのは急雷が持っていた札が五枚。