第二百二十五話 筆頭御庭番
「季楽とか言ったっけ? 蛇女のご主人はいいのか」
「……あの時はあくまで一時的な護衛の任を受けていただけのこと。あの蛇女は商人として、金で拙者を雇っていたのだ。そうでもなければ誰があのような奴に使えるか」
季楽は小刀を一つ取り出し構える。薄紫色の装束と狐面の後ろから除く眼光は、これまで見てきた力に飲まれた人外たちとは違う、正気を保ったままこちらに強い敵意を向けている。
「へえ。それじゃ、あの大俱利伽羅とやらに仕えているのはどう思ってるんだか」
ライトは会話をしながらリースに念話を使い、トイニたちと共に後ろに下がるように伝える。
「確かにやつも下賤なところは多い。だが、強い」
「ッ!」
季楽がそう言い切ると同時に、ライトに向けてクナイを一本投げた。季楽と相対してから集中を使用していたおかげで、なんとか避けることはできたが、その速さと直前まで気配を悟られない流れるような動作。
暗殺という点に関して言えば、この人外の街に来てから一番の腕であろうことは容易に判断できた。互いに戦闘スタイルが似通っていることはこの一瞬で感じたのだろう。だからこそ、次の一手は同時にであった。
「「分身」」
背格好は違えども、その指が結ぶ印は同じ。四体の分身が煙と共に現れると、それぞれの獲物を構えて突撃する。
「ご主人様! ……(速いっ!)」
ライトと季楽が切り結ぶのを見て、ミユも援護に入ろうとしたが二人の速度に目で追いつくのを一度諦めてリースとトイニを守るように一歩後ろに下がった。
(こいつ、速いな)
季楽と相対したライトが感じたのは季楽の速さであった。ライト自身の縮地などの最高速には達していないとはいえ、目の季楽はライトの素のスピードに労せずついてきている。
これまでもdecided strongestでライトのスピードに肉薄してきたものはいる。だが、彼らはあくまで直線距離においてライトに肉薄していたものの、カットやブレーキといった動きのキレにかかる部分はライトに分があった。
「ほう、人間の割にかなり速いじゃないか。手癖の悪さは見かけ倒しではないようだな」
「気づいてたのかよ、言えば良かったじゃねぇか」
「拙者はあくまで護衛といっただろう、イカサマの指摘役までは請け負ってないのでな」
ライトにはめられた蛇目の顔を思い出しているのか、ほんの少し面の下で笑っているようであった。
「「「妖遁 焔狐」」」
小刀での斬り合いではらちが明かないと悟ったのか、季楽は印を結び焔でてきた玉を出現させるとそのままそれを操りながらライトに迫る。
「……過剰集中」
ライトが小さく呟くと同時に精神の時間は歪み、向上した判断力を使って多数の分身を手動で動かすことで避けていく。集中だけでは厳しいという判断をしなくてはいけない相手、それが目の前の季楽だ。
(あの刀、程々の名刀かと思ったがそれ以上に妙な吸収の力があるのか)
ライトが持つ魂喰らいにより両断される焔玉を見て季楽は分析を進めていく。名刀と言われるものは、今まで多く見てきたがライトの持つそれは切れ味は上物。そのうえ術に干渉をする力まである。
(いや、どちらかというと妖刀か。この人間もロクなやつじゃないようだな)
季楽は僅かに斬られた箇所から魔力を吸収されるような感触があり、その箇所を指でなぞりながらライトのこれまでの軌跡を想像していた。切った深さからして、よほど感覚が鋭敏でなければ気がつかないような量の吸収であったが、彼にとっては食事に込められたわずかな毒を見抜くより簡単だ。
「その刀、どうやって手に入れたんだ」
「話す義理はないな」
「そうだな、我らの間に余計な会話だったかもな」
季楽のことをよく知る者であれば、季楽の言葉が珍しく僅かに跳ねているのを感じ取ったかもしれないがライトにとっては特に考える必要はないことだ。
「ハイステップ!」
「ほう、いい速度だ。この狭い部屋でよく制御する」
さらにライトは過剰集中の出力を引き上げてスキルキャンセルを交えだす。部屋の狭さも相まって、縮地は無理でもステップとハイステップ、ジャンプを使い空間を最大限使いながら戦闘を行うが、それすらも季楽は対処する。
(クソ、幻術での偽装がここまで厄介だとはな)
「火遁、焔蜃気楼」
ライトが心の中で悪態をついたのは季楽の術だ。今、ライトと季楽は部屋の壁を飛び回り、時には襖を切り開きながら移動しているのだが、時折ライトが足場にしようとしてる場所が消えるのだ。
狐獣人が元々持つ幻術を見せる力をさらに火遁の術を掛け合わせることで強化、季楽を中心としてその後ろには焔が揺らめき、空間の温度は上昇すると共にそこにいるものの感覚を狂わせ幻覚を見せていく。
「先に言っておくが、裏我のように集中が切れるなど期待しない方がいいぞ」
「…………ご親切にどうも」
ライトが心のどこかで思っていた希望を否定するような言葉であったが、それを聞いて絶望しているわけにはいかないとばかりに彼は集中をまた引き上げるのであった。