第二百二十四話 忍
(どうやら、まだこの通行手形とやらは有効らしいな)
耳を澄ませても辺りに気配がないことを確認し、ライトは陰身を解除する。その後ろにいたミユの方に頷いて合図をすると、彼女は懐から巻物を取り出して広げる。すると、小さく白煙が舞い上がるとともにリースとトイニの二人が出現した。
「うーっ、きつい……」
「あの空間に二人は結構ギリギリだったね」
ライトが本丸の城にたどり着いた時には、正門の先に大量の気配を感じたので裏門からの潜入の方がいいと判断。しかし、当然のことながら裏門の方も鍵は閉まっている。そこで、地面を掘って侵入を試みようとしたのだが地面探知に引っかからない程度に自由に進めるのはライトとミユの二人だけ。
普段ならトイニとリースは一度戻してから再召喚すればよいが、この街ではそれができない結界があるようで困っていたのだがミユだけは巻物に戻すことができた。ということで、その巻物にトイニとリースを詰め込んで移動させたのだが、かなり無理をさせたようでいつもすました顔をしているリースでさえ、まるで船酔いをしたような表情になっていた(ちなみにトイニはもっと)。
「魔力もかなり使うし、これは短時間しかできそうにないね……」
「二度とゴメンよ! 常に空間に適応するために魔力放出してるなんて辛すぎ」
「あんまり叫ぶな、見つかるぞ」
ライトはポーションを飲みながらぼやく二人に声をかけ、分身を発動。五体の分身とともに、一気に網目状の廊下を隠密していき同時に頭の中でマップを埋めていく。トラップや警備兵の姿もあったが、先んじて分身が探知していたおかげで、隠密能力に乏しいリースとトイニを連れても何とか見つからずに、ゆっくりながら進んでいた。
そうしているところ、あの大俱利伽羅の放送が入った。
『それに、龍鬼祭というのも龍が俺たち鬼の上にいるようで気分が悪い。そこで、俺はここで宣言しよう。鬼龍祭の開催をなぁ!』
「ライト、これって……」
「この街の妙な気配はあれが原因だったみたいだね」
放送越しでも感じる異常な雰囲気を感じ取った二人は、ライトに目線を向ける。人間族だけが不自然にいない街に、通信や召喚の制限がかかる空間と異常なこと元からあったが、今回の町人たちがバタバタと倒れるともなればライトも無視できない。
(多分、これが先に進むためのイベントなんだろうな)
(そうだろうね。こういう時でもないとこの城の中とか入れそうにないし)
攻略組含むプレイヤー達がこの第七の街で停滞している一番の原因は、プレイヤー同士のメモリートレードによる内乱のようにも思えるが実は違う。根管たる原因はもっと単純なのだ。
そう、先に進む道が見つからないということだ。
これまでの街では、外に出てフィールドを歩いていけばそのうちにボスへの道が見つかっていた。だが、この街ではいくら探してもそのボスへの道が見つからなかったのだ。攻略組の中にはそういった道を見つけるプロとして活動しているマッピング専門の人材がいるというのに、それでもだ。
セイクたち夜明けのメンバーが外に出ないのも、この街にはその停滞を打破する情報があると思いこの街に留まっているのが大きい。
ライトもこの街に来てから、色々な場所を探し回っていた。特に獅子目家の客人という立場は色々場面で役に立ち、普通では立ち入ることのできない場所にも少し名を出せば簡単に入ることができた。そんな彼でも入れなかった場所がこの本丸ともいえる城だったのだ。
龍鬼の証の最上位となれば、城の中で城主と謁見ができると聞いて証を引き上げていたが、
(こんなことなら位を挙げたのは徒労だったかもな)
そんな事を思いながら進むライト。分身の調査もあって、リースたちを連れても特に支障なく進んでいた。
「ねぇ、ここまま進んで大丈夫なの?」
「今のところはな、分身を一人先に行かせているからトラップも大丈夫なはずだ」
回復用の飴玉を舐めながら聞いて来るトイニに答えながら、ライトは目の前の襖に手をかける。その瞬間、
「ッ!?」
「ライト、どうしたの?」
襖をほんの少し開けたところでライトの動きが止まった。
「……どうした、早く入るといい」
わずかに空けた襖の先、そこから低くしゃがれた声が響いてきた。
『リース』
『分かった』
念話でライトが指示を出すと、リースはトイニの腕を軽く引いて後ろに下がる。ミユも異常な雰囲気を感じたのか、ライトとリースの間に立ち戦闘態勢をとる。
「分身がやられた。多分、この瞬間に合わせてわざとだ」
「うそ……!」
襖を開けたそこにいたのは、まさに忍という格好に面をつけた狐獣人、季楽であった。