第二百二十三話 鬼龍祭
「龍玉の反応が一つじゃないってどういうことよ」
「正確に話すとするなら、近しい反応がいくつもあるといったところだな」
ワギサリは城の方を向きながら、納刀していた刀に手をかける。小さく息を吐き集中を一気に高めた彼は目の前の空間に向けて居合を放った。
「さあ、いくぞ」
「あんた、本当に本気じゃなかったのね……」
刀身が緑に光り、その眩さにリンが目を細めたその次の瞬間、ワギサリはすでに居合を終えていた。目の前の空間の一部が切断され、まるで窓ガラスにヒビが広がっていくように結界が崩れていく。
「龍玉の力は前に話したとおり、そこいらに漂う力を収集し増幅、そして周りに分け与えることで肥沃をもたらすというものだが、先ほどのやつらが抱えていた球はその力を部分的に再現しているのだろう」
その言葉で思い出されるのは、ここに来るまでに何度も見た龍鬼の証により力を吸い上げられていっている光景。つまり、あの龍鬼の証での吸い取りは龍玉の力を何らかの方法で再現しようとした結果起こっている事象なのだろうか。
そんな事を思っていると、まさに今突入しようとしている城の上空に何かが浮かび上がった。プロジェクターで映したようなそれは、黒い長髪で半ば隠れているが鬼なのは分かる。
『あーあー、これで聞こえてるだろォ』
その鬼の声は低く、力強さと不気味さがある声色だった。
「癸か? あいつ……大変な時に何を!?」
セイクたちが男の正体に疑問符を浮かべている横で、ワギサリは驚いたような表情でそれを見上げていた。
『龍鬼祭の途中だが、朧街の長としてお前らに伝えることがある。耳かっぽじってよーく聞きな、気絶してるやつがいるなら後で聞かせてやれ』
大俱利伽羅癸、その男はかつての戦争からこの朧街の長として君臨し続けている存在であった。
『テメェらが知ってのとおり、この街の繁栄は龍から与えられた龍玉の力ってのが大きい』
そう言いながら彼は画面に野球ボールほどの大きさの玉を移す。緑色に煌々と輝くそれは、画面越しでも莫大な力を持つ存在であるということがセイクたちにも伝わってくる。
『だが、こいつの力も段々と衰えてやがる』
「!」
隣にいるワギサリがさらに大きく驚く。龍玉は話に聞くところによれば、莫大な力を大地に還元していく秘宝だというのに、その力が弱まってしまうとというのは街の一大事なのだろう。ただ、隣のワギサリの顔からはそれ以上の何かがあるようにも思えた。
『それに、龍鬼祭というのも龍が俺たち鬼の上にいるようで気分が悪い。そこで、俺はここで宣言しよう。鬼龍祭の開催をなぁ!』
大俱利伽羅は龍玉を懐にしまうと、今度は怪しく光る紫色の玉を取り出した。
『こいつは俺が開発した鬼玉だ。性能としちゃ龍玉みてぇなもんだが、こいつが完全に覚醒するには、一度大量の力を入れてやる必要がある』
「セイクさん……あの玉、とんでもなく禍々しいエネルギーが詰まってます……」
「まともな手段で集めてるとは思えないわね」
フェディアとシェミルの二人が不安そうに見つめるあたり、鬼玉とやらはろくでもないものなは間違いないのだろう。
『こいつを起動するエネルギーだが、それはテメェらから貰うことにした。この鬼玉が完全に起動すれば龍玉は用なしになり、その時俺たち鬼は龍を超える! なーに、多少力があれば死にはしねぇ。これで死ぬ程度の弱者は俺の街にはいらねぇ、それだけだ』
その言葉は、声は、龍という存在を目の上のたんこぶとしてずっと黒い感情を持ち続けていたであろうことが伝わってくる。
『この鬼玉に、長たる俺に認められたければここにこい! 俺たち鬼は武功で名を残すもんだぜぇ! 鬼龍祭の開幕だ!!!』
その叫びを最後に通信は切れた。先ほどまで大俱利伽羅の怒号が辺りを包んでいた分、余計に静かになったような気がする。
「さて、どうする」
「元凶はあそこにいるでしょ、だったら決まってるじゃない」
ケンが皆の視線を向けると、リンが分かりきったことを話すように刀の切っ先を城の最上部に向ける。
「ああ、この騒動をとっとと何とかしてやろぜ!」
セイクが宣言すると、ワギサリを含む全員が頷き城の門をくぐるのであった。