第二百二十二話 急雷の考え
紫の雷が自身に迫るのと同時に、右手を前に出すと過剰集中を発動する。ただ避けるだけであれば、空中にいようとも縮地や瞬身を使えば避けることはできる。だが、それではまだまだ時間がかかってしまう。
そこで、一気に勝負を決めるためにライトはわざと空中で隙を晒して急雷の大技を誘ったのだ。
突き出した右手に紫電が直撃するが、その電撃はライトを焼き焦がすのではなく右手の表面を伝うように流れていく。簓木、decided strongestでロロナがやった相手のエネルギーを自分のものにする手法である、完全に取り込むような完全再現とはいかなくとも次の一撃の為に右手に相手の力を纏わせるのなら十分にできる。
急雷のエネルギーを利用し、バチバチと紫電をまき散らす貫手が急雷の腹を貫くと、そのまま彼は前のめりに倒れた。
「アカンか……力におぼれて感が鈍ったみたいやね」
「それよもさっさとお前の主を教えろ、人外はそんなもんじゃ死なないって響凱が言ってたぞ」
「あのじゃじゃ馬娘が……ええで、どうせ暫くは闘えへんってのも分かってるんやろ」
急雷は小さく笑うと、口から血の塊を吐いてから体を起こす。立ち上がるほどの力は残っていないのか、片膝を立てて傍らに持った刀にもたれかかるようにして座る。
「とい言ってもわいが知ってることなんてそんなないで、ただの戦闘員やからな」
「だとしてもその力を与えた相手ぐらい分かるだろ」
おどけたように手を広げてジェスチャーする急雷に、ライトは冷たく言い放つ。既に抵抗の意志がないことは分かっているが、合図をしてリース達を近くに呼び寄せる。手負いの急雷では、既に準備を終えているリースとトイニが魔法を放つより早く攻撃することは、この距離でも無理だと考えての指示。
急雷からすれば、”何か妙なことをすれば魔法で消し炭になるぞ”と脅されているようなもので、観念したように口を開く。
「わいがこの札を貰ったのはあの城やな。似たような品物に龍玉の分体ってのががあるんやけど、そっちはもっと貴重みたいで、城主のお気に入りしか配られてなかったんや」
急雷が懐から出した札は、すでに力を失っているようでライトが見ても特に異常があるようには見えない。
「龍玉の分体大地から力をゆっくりと吸い上げるらしくてなぁ、その力が貯まる速度も遅いしその力に耐えられる器もそうそう用意できへんかったってのがこれまでわいが聞いた話や」
龍玉の分体は、たしかに大きな力を溜めておくことが可能なアイテムである。地脈から純粋な力を溜め込むことで、誰でもその力を一気に高めることができる。
「魔力はどんな生物でもそれぞれの相性ってものがあるのよ、誰でもかれでも分け与えられるってわけじゃないのよ」
「輸血みたいなものだと考えたら分かりやすいんじゃない?」
リースの言葉でようやくイメージがついた。魔力というものは、個人によって色々と細かなところが違ってくる。魔力の回復が早い場所を魔力が濃い空気と表現されることがあるが、正確には魔力の元になる魔素が多く含まれているということなのである。
魔素を取り込んだ人間はそれを自身の丹田付近で練り上げることで、自分の使う魔力として精製されるというわけだ。といっても魔素も精製した魔力もエネルギーの塊。それをとどめておく器の頑丈さはかなり個人の才能に左右される。だからこそ、光一の魔力量に比べて天川の魔力量が桁違いに多いという事態もおこるのだ。
「それなのに不特定多数の魔力を強引に吸い上げて、魔素にも戻さず注入すれば力の質が落ちるのも当然だろうね」
「むしろ、そんな雑に注入しておいてあれだけ動けるのが凄いわよ。さすがの鬼族ってことなのかしら」
リースとトイニが話すように、雑に吸い上げた力を取り込めば自身の体すら傷つけてしまう。普通の人間がこの鬼札を使ってもろくに力を使えずに終わりだろうが、急雷のように内部も頑丈な種族なら雑な魔力でも十分に力を増幅できるというわけだ。
「この技術があれば鬼族の力はさらに強くなるなんて言ってはったな。今の城主はんも強欲なこった」
やれやれと大げさなジェスチャーをする急雷には、半ば諦めのような印象を受けた。彼は一度ため息をつくと懐からまた別の札を取り出してライトに投げ渡した。
「通行手形や、普段の本城は結界で覆われている。今はどうか知らないが、これがあれば検知されずに通れるはずや」
「何でこんなの渡すんだ」
「さあ? ただの気まぐれと思うてくれや」
急雷に投げ渡された龍鬼の札を懐にしまうと、ライトはその場を後にするのであった。
「下法はやっぱダメやな……楽するのが信条やけどこんなもんか。ま、あいつらならもっと面白いもの見せてくれるかもしれないな」
ライトたちが見えなくなってから、急雷は懐から煙管を取り出してゆっくりと煙を吐き呟く。その目には期待と後悔が入り混じったような光が宿っていた。