第二百二十話 変貌
いままでの活気はまるでおとぎ話でもあったかのように消え失せ、辺りの人外たちはその場に苦しそうにうずくまっていた。
「駄目、ライト、回復魔法も意味ないみたい」
「そうか、ありがとうな」
宿泊していた宿の女将が倒れていたのに気づき、すぐさま駆け寄ったライトであったがいくら介抱しても苦しそうにうめくばかりで意識が戻る様子はなかった。何か外傷があるようにも見えず、とりあえず手持ちのポーションを使用してみても効果は芳しくない。
「穴の空いた風船に空気を入れるようなものだね。多分原因はこれさ」
「こいつは……」
横たわる女将を指さすリース。その先には耳飾りとしてつけている龍鬼の証があった。
証はライトの持つようにスマホほどのサイズの物から、この女将のようにアクセサリーに加工できるほどの小さなサイズのものもあるとは聞いていたが、よく見るとそれは怪しく光り女将から何かを吸い上げているようである。
「この証には魔力や気を吸い上げて転送する魔法陣が仕組まれているみたいだね」
「それなら俺もヤバいんじゃないか」
リースの言葉を聞いて急いで懐から証を取り出すライト。
「それなら大丈夫よ、この魔法陣はかなりの時間をかけてゆっくりと体に染み込んでいくことで作動するやつね。私たちぐらいのじゃびくともしないわ」
トイニは調べていた女将の証取ると、くるくると手で回しながら答える。それでも女将の体調が戻っていないあたり、彼女の言う通り吸い取りの魔法陣は対象の体に染み込んでいるのだろう。その言葉を裏付けるように証を持ってから日の浅いライトから魔力や気が吸い取られている気はしない。
自身操作を持つライトが検知できないとなれば、本当に起動していないとみなしてもよいだろう。
(ま、何か異常があったらすぐ捨てればいいか。それよりも今はこれがヒントになるかもしれない)
再度自分の証を懐に戻すと、ライトは立ち上がり目に魔力を集中させていく。魔力視を使うと、そこいらに倒れている人外たちの体から湯気のように立ち昇るエネルギーが一点に集まっていくのが見えた。
「どうやら、あそこに元凶がいそうだね」
「簡単にたどり着けそうにもないけどね」
リースとトイニの二人も気が付いているようで、吸い上げられた魔力らは上空に薄暗い雲を作ると渦を巻くように中心の城に吸い寄せられていた。
ライトは腰に魂喰らいを差し準備を整えると、宿屋から外に出る。予想通り道にも多くの人外たちが倒れており、その全員が苦しそうにうめき声をあげていた。
「自然のマナも変な感じ……結構ヤバいことになってるのかも」
普段であれば昼間は元気いっぱいであるはずのトイニが心配するあたり、証を持つ人外たちからエネルギーを吸い取るだけでなく、大気中のマナにも干渉しているのだろうか。そんな事を考えながら獅子目の館から出ようとしたところで、先行していたライトは手を横にしてトイニとリースに静止を促す。
「これはこれはライト様、どこえ行くのですか? そんな武装までして」
「ちょっと散歩にね、通してもらえるかな?」
豪華な門前に居たのは、獅子目家の護衛役兼武術指導という役職である獅子目急雷であった。屋敷を出るまでに、女将を含む手伝いの人々が倒れている一方で、目の前の男は調子が悪い様子もない。
「それはできませんなぁ」
「理由を聞いても?」
「どうやら今、たちの悪い風土病が広がっているみたいでね。お客人をそんなものが蔓延しているところに出すわけにはいかねぇんでさ」
細い目をした急雷は、さらに目を細くしながら答える。門にもたれかかっていた姿勢から、門の中心に立ちその右手は脱力したまま腰の刀鍔の上に置かれている。
暗に”ここから出るな”とのほほんとした話し方とは正反対の威圧を飛ばす急雷に、トイニも委縮してしまいライトの体に隠れるように後ろに下がった。
「だとしても、外にいかないといけない理由があるんでね」
「だったら、覚悟はできてるんやろうな。ちょいと痛い目みてもらいまっせ」
その言葉を皮切りにライトは二体の分身と共に魂喰らいを抜いて飛びかかるのであった。
「!?」
「へぇ、防ぎよりますか。さっすがあのじゃじゃ馬娘が認めただけありやすな」
急雷の居合切りを防ぐことはできたが、集中を使ったうえでギリギリ。というより偶然構えていたあたりに斬撃が来てくれたといった形であった。
(こいつ……裏我より強いのか?)
そんな想像が今の一瞬で浮かぶほどの斬撃であった。