第二百十九話 龍鬼祭(りゅうきさい)
朝、がやがやとうるさい声でセイクは目を覚ました。第四の旅館を拠点にしてから、こんな朝早くに人の喧噪で目を覚ますなどまずなかったが、今日ばかりはまるで第一の区域で寝たと勘違いするほどであった。
「あ”ー、寝みぃ……」
「ケンも起きたか、やっぱり噂通り一大イベントみたいだな」
襖一枚挟んだ同室で寝ていたケンも起きてきたようで、眠そうにあくびをしながらセイクと同じく窓の方に歩いてきた。二人で外をみると、そこには大量の人で街がごった返してしるのが見える。
「龍鬼祭。朝から盛り上がるって聞いたけどホントだな」
「一生を一の街で過ごす人もいるくらいだからな、こういう機会は貴重なんだろ」
そう、これだけの人数が全て四以上の証を持っているわけではない。一部の労働者が労働でのみ、自分より上位の区域に入ることはあるが、それでも今回のように大量の人が入ってくることはない。
本日から行われるのが、龍鬼祭と呼ばれる一年に一度の大規模なお祭りである。平時では四、五の証を持っていなければ入ることができない区域が解放され、ここぞとばかりに人でごった返すのが特徴の祭りである。
「元から毎日お祭りみたいなものだけど、本当の祭りとなると凄いのね」
「私もいつもより早く起きちゃったわ」
「これだけの人が集まっていられるのも、土地の違いなのでしょうね」
リンたちも人の喧騒で起きたのか、いつもより早い時間にパーティは集合していた。もう少し遅い時間から動こうかと計画していたが、セイク含め、皆は外が気になっていることから街に繰り出すのであった。
街の人を見まわすと、持つ証が一や二といったこの場に入ることができないはずの人々が道にあふれ、楽しそうな顔でりんご飴やらの祭りの品を買っていた。
「さー、よってらっしゃいみてらっしゃい! 温泉型だよー、一等ならこの霊薬をプレゼント」
セイクたちが祭りを見て回っているなか、現実の祭りでは聞いたことのない言葉が聞こえ思わず屋台の前で立ち止まる。低い机の奥に小さな小箱が並べられており、客たちはそれを手に取ると一度開けてまた蓋を閉じる。
「おじさん、これなーに?」
「お、あんたらが噂の人間かい。こいつはここの名物の温泉型だよ、この箱の型と同じように中の温泉を魔力で形作れれば難易度ごとに商品をあげるよ」
シェミルがお金を払いながら受け取った箱を開けると、中には多少の粘度がある液体が詰まっていた。指を入れてるとその液体は、まるで意志を持つようにうねり動く。原理としては、朧町に来る前の宿屋にもあった湯作りと同じものなのだろう。
客たちは箱にかかれたとおりに、湯を魔力で動かし型を崩さないことを目指す。非常に高度になった型抜きのようだなとセイクたちの頭の中に思い浮かぶ。つまるところ、
「あーっ”、もう! あとちょっとだったのに! おじさんもう一個!」
できそうでできない、そんな難易度というわけだ。薄まっているとはいえ、ギャンブルじみた遊技は人の心に入り込み、また一つと財布の紐を緩くさせる。シェミルがあと一歩を3回やったところで、そうそうにできないと控えていたケンが無理やり彼女を屋台から引き剝がすのであった。
「祭りなだけあって普段みないような店やサービスも多いな」
「そうだな、ただ飲食関連は並ぶの覚悟したほうがいいだろうな」
リンが”あれちょっと食べたい!”と女性陣を引っ張って行ったため、セイクとケンの二人は道の端によると待ちがてらあたりを見渡していた。祭りならではの屋台に出し物と、普段の商店街的に賑わっているのとはまた違う方面に人が集まっている。
「セイクさん、お待たせしました」
「おお、早かったな……」
「その格好どうしたんだ?」
フェディアに呼ばれて振り返った二人の目に映ったのは、いつもの服ではなく浴衣姿になったリンたちの姿であった。
「いいでしょ、これ。結構性能もいいのよ」
「うわ、マジだ。下手なハンドメイドより性能いいじゃん」
「ここが解放されたらまた騒ぎになりそうだな」
シェミルが送って来たステータスを見て驚いていると、いつの間にかフェディアがもじもじしながらセイクの体に隠れるように裾を握ってきた。
「どうしたんだ?」
「いや……その、こういった初めてで……おかしくないですか?」
「かわいいから大丈夫だと思うぞ」
「か、かわっ!?」
ぽんと頭に手を置きながら話すセイクに顔を赤くするフェディア。
「次はどこに行きましょうか? 私はどうせならお城の中心部の方に行ってみたいですわ」
「じゃ、そっちの方に行きましょ」
今の場所からも存在感を放つ城の方を向きながら話すフェニックスの提案で、動きだす夜明けのメンバーたち。
「何? そんなに見て」
「いや、リンのその姿久しぶりに見たと思ってさ。似合ってる」
「……ばか」
「何か言ったか?」
「何も言ってないわよ」
現実世界でのリンは家のこともあってよく和服を着ていることもあった。特に木刀とはいえ刀を持つときは大体そのような服装なこともあって、セイクは懐かしさから思わず口にしたのだがリン自身はそれ以上の意味も受け取ったようで頬に赤が差していた。
それを見られないように、スタスタと先頭を歩くリンであり少なくともその心の内は見えていないようであった。
「いやー、凄かったな」
「ほんとほんと、まさにどんちゃん騒ぎってのはこのことだな」
「これが三日三晩続くっていうんだから凄いよな」
「また明日にかけて激しくなるみたいだし、今日はもう寝ましょ」
「そうですわね、布団も豪華でしたし楽しみですわ」
セイクたちが一日楽しんだあと、五の証を持つ者は優先的に泊まれるという宿に案内されていた。そもそも人が少ないのもあり、これまで以上に食事に宿を楽しみ眠りにつくのであった。
「おい……なんだよ、これ」
そして、次にセイクが目を覚ました時に飛び込んできた光景は、あれだけ活気のあった街は瘴気が満ち、生気というものが感じられなくなった朧町の姿であった。