第二百十八話 城の奥
(危なかったな……手牌しだいだと負けてたかもな)
蛇女を下したライトは緊張が解けて小さく息を吐いた。ライトの麻雀の腕は一般人程度、それでもここまでこれたのにはいくつかからくりがある。
一つ目の武器が資金力だとすれば二つ目の武器は速さだ。麻雀用語としてのものではなく、物理的な速さ。その速さを使い季楽と同じくすり替えを行い勝っていたのだ。
(その速さも季楽と蛇女の二人にマークされている状態では使えなかった。だからこそ、気の緩む瞬間に最大をぶち込む必要があぅた。それまでは分析の時間だったな)
しかし、季楽と蛇女の二人の眼力の前にすり替えのようなイカサマは、普通にしたところで見破られて終わりである。そんな二人の気が緩む時があるとするならば、勝利を確信した時や大きな動揺をした時だろう。
もともと高速戦闘に耐えうる目をしているライトは、季楽がすり替えを行っていること自体はすぐに看破していた。そして、もう一つライトの持つ武器が力を発揮していたのだ。
(まさか、”暗号まで飛びかっている”とはね。しかも、かなり年季の入っているであろう狸太とかいうおっさんも理解していないみたいだし、かなり複雑なんだろう……が、俺には無意味だ)
その武器の名は”完全翻訳”。読んで字のごとく、目の前の言語を翻訳してくれる優れものである。普段は、英語や中国語などのメジャー言語の翻訳をする程度の能力であるが、出力を上げれば妖精言語などのそれまで存在すら知らなかった言語すら操る事を可能にする能力。そして、翻訳の範囲は”暗号”にも及ぶ。
狸太が長年をかけても取っ掛かりすらつかめなかった、蛇女と季楽の通しですら完全翻訳の前には普通に話しているのと変わらない。そして、
『季楽、これで決める。すり替えで七索を手に入れて出せ』
『承知』
(ここだ!)
蛇女から、勝負を決めるすり替えをする指示が出たのを合図にライトは季楽の動きに集中しすり替えの決定的な証拠を押さえることに成功したのだ。
勝利を確信した瞬間に、これまで見破られることのなかったカラクリを暴かれたことにより二人は動揺。勝利を焦った結果、未だ破られていないと勘違いした通しに意識が向き、ライトのすり替えに意識が向かずに敗れたというわけだ。
「それじゃあ約束は守ってもらいますよ」
「はぁ……わっちも老いたの。おい、こいつを奥に通せ」
「はっ」
蛇女がこの賭場を取り仕切るものに声をかけると、案内役の男が信じられなくような顔をしながらライトの隣に立つ。
「こちらです」
「あんさんやったな、あの蛇女に一杯食わせたのは久方ぶりやぜ」
狸太はバンバンとライトの背中を叩くと、負けたというのにそれ以上にいいものが見れたとばかりに笑いながら部屋の外にのしのしと出て行ってしまった。いつの間にか蛇女の姿もなく、ライトは案内役の男についていくしかなくなってしまう。
(獅子目の家も豪華だったが、こっちは完全に料亭って感じだな)
獅子目の家は豪華ではあったものの、人が普段から生活するお屋敷。だが、この場所はそれよりは料亭や高級旅館といった感じの雰囲気が廊下を歩くだけでも伝わってくる。
「入ってええわ」
そして、とある部屋の前で案内役が立ち止まると中から蛇女の声がし、案内役が目線で”入れ”と合図を飛ばしてきたので、ライトはためらう素振りもなく中に入る。
「ずいぶんと堂々と入ってきたんやなぁ。罠とかあったらどうするつもりやっただか」
「博打の負けをそんな手段で反故にするようには見えなかったんでね。それに、それならそれでやりようはあるさ」
蛇女の目線が鋭くなるのを返すように、ライトは僅かに語気を強める。それを見て、蛇女はいつの間にか後ろにいた季楽が武器を抜こうとしていたのを静止させた。
「ここで聞いたことは他言無用やで」
「もちろん、少なくとも情報源は秘密にしますよ」
ちらりと蛇女が季楽に視線を向けると、彼は部屋の外に出て誰かが入ってこないか見張りに回る。
「この街の先に行きたいんやな。それなら、噂も知っているんやろ」
「多少は、城の奥底に門が隠されるっていうぐらいですね」
ライトが集めた情報ではこの朧町の中心に存在する城、朧城の中に次の街に行くための道があるという噂話がせいぜいであった。龍鬼の証を最大まで高めなければ、城下にすら行けない以上確かめることもできないため信憑性もない噂であった。
「あんさん、この町はずいぶん栄えてるとは思わなかったか」
「人間族を奴隷にしているだけって訳でもなくですか?」
ライトからすればこの街の食事も娯楽も、技術も他のNPCの街に比べると格段に高い。先の戦争で人間族の土地から資源を奪っているといっても、それを超えているほどに。
「それの一番のカラクリがその門さ、あの欲深い城主は自分の配下にだけ先に通すことで資源を独占しているのさ」
「なるほどね、それがこの不自然な栄え方のカラクリか」
ゲームではよくあることだが、拠点となる街やステージが一つ上がるとそれだけで全体的な性能や質が一回り上がるということはよくある。仮に、先に行く者を封じ次のステージの資源を独占するようなことがあれば、手前のステージにいるものたちとの戦力差は圧倒的になるだろう。
普通、そんなことをすればマンパワーが足りずに破綻するが、龍玉で強化された人外たちはそれを規格外の力で踏み越えていく。ゆっくりとはいえ、確実に次の街の攻略をしているとなればさらに城主周りの持つ力は強大になっていく。
「そういうことやから次に行くのは辞めときや、証が五まで言っているんならそれで充分贅沢な暮らしはできるやろ」
「そうも言ってられなんでね、ありがとうございました。聞きたいことは聞けましたよ」
「待ちいや」
「? これは」
「馬鹿な人間にお守りや、持っておけばいいことあるかもしれんよ」
立ち去ろうとするライトに蛇女が巾着に包まれた何かを投げ渡し、ライトはそれを懐にしまう。部屋から出るときに扉のすぐ横にいた季楽に少し驚いたが、向こうは一切の動揺もなくそれどころか鋭い視線をこちらに向けていた。
(先に進むことを辞めるわけにはいかないんだよな)
満月が浮かぶ空を眺めながら、ライトはずきりと鈍く痛む頭を無視して帰路に着くのであった。