第二百十七話 通し《ローズ》
蛇の亜人である蛇女はこの人外がはびこる街で一番の商人である。その眼力で目利きされたものは、それだけで値が上がるとすら言われた見切りの力は博打でも顕在であった。事実、ライト含め他の参加者の当たり牌はしっかりと止まっており、点差は徐々に開いている。
(あほやな。この人間、蛇女を怒らせよった)
蛇女とはまた違う方面で商売を成長させている狸の亜人、狸太はギロリとライトを睨んだが小さくため息をつくと諦めたようにゲームを進める。
これまでの麻雀はあくまで遊戯、金こそかけているものの実力だけでやっているお遊びだった。しかし、蛇女の麻雀で一番恐ろしいのは、
「それ、ポンや」
「チー」
「自摸、2000.4000やな」
(ほれみたことか)
何もさせないこの強引さにあった。強引な鳴きにみえるが、それは的確に上がりに向かっていく。それどころかライトと狸太の手が止まり、手も足もでない状態であった。点数は蛇女が断トツ、次いで季楽と呼ばれる狐の亜人、三位が狸太そして大きく沈んでライトが最下位であった。
(これや、この早さ。おそらく通し)
何度か蛇女と卓を囲んでいる狸太は、容赦がなくなった蛇女がいるときは季楽が同じ卓にいることが多く、二人で通しと呼ばれる暗号を使ったやりとりをしているだろうというところまでは気が付いている。
明らかなイカサマではあるが、その中身まで理解しなければただの言いがかりに過ぎない。蛇女の見切り能力に見破られたことのないない通し、この二つが蛇女をこの朧町最強の麻雀打ちたらしめている武器であった。
(狸太のやつ、通しに関しては気が付いてはるようですなぁ。だが、もう一歩足りまへんでぇ)
勝負は後半戦に入り、未だに沈み続けるライト。ここから逆転するにはかなり大きな手を上がらなくてはならないが、蛇女のスピードがそれを許さない。
「リーチや」
(この手番でのリーチ、終わったなあの人族)
僅か数巡でのリーチ、蛇女の目は光一の止めを刺さんばかりに鋭く注がれている。
「……」
(何もなし、か。この人族もいつもの勘違いした頭のおかしい博徒か)
狸太は自分の次に手番が来たライトが、特に何をするわけでもなく打牌をしたのを見て失望したように視線を外し、傍らに置いていた饅頭でも食べようとしたその瞬間、
「見つけた、勝負の目前で気が緩んだか?」
「ぐあっ……!?」
ライトが次の手番である季楽の右手に短刀を突き刺していたのだ。不意を突かれた季楽は、それまでの鉄仮面を歪めポロリと短刀が突き刺さった方の手から二つの牌が零れ落ちた。
「こいつは……すり替えか!?」
季楽が行っていたのは、すり替えと呼ばれるタイプのイカサマである。手に不要な牌を握り込むと目の前牌が二段になって積まれている山の端の牌と交換するというものだ。単純であるが、季楽と呼ばれる狐の亜人の速度は非常に速く滑らかであり、長く卓を囲む狸太でも気が付いていなかった。
(過剰集中……何度も見せられればさすがに分かる)
だが、ライトはこの世界のプレイヤーでも随一の高速戦闘の使い手。その動体視力と速度に慣れる感覚によって季楽のイカサマを看過することができたのだ。このイカサマを使えば必要な牌を得る効率は一気に跳ね上がり、蛇女のサポートをするための牌を手に入れては流していたのだ。さらに言うと、このすり替えを応用して次の手番である蛇女に、上がるための牌を仕込むことすらも可能であるという強力なイカサマであった。
「さて、この始末はどうつける?」
「これは拙者の問題だ……」
「こんなタイミングで押さえつけられて自分ひとりとは言えんでやろ。なあ、蛇女よ」
季楽が釈明をしようとしたが、狸太がすかさず口を挟む。これまで何度かやられていたということの復讐でもあるのだろう。特に今回のすり替えでは、季楽がすり替えようとしていたのは次に蛇女が引くはずだった牌。狸太が蛇女の手配を倒すと、その牌で蛇女が上がっているとなれば二人の協力は疑いようのない事実である。
「それで、わっちに何を求めるんや。罰符なら一万六千が主やけど」
「こんな場でサマバレしといてよく言うで、そんなもんで済ませたことあるかいな」
「それで構いませんよ」
「そうですかならそれで」
「お、おい。あんさん!」
ライトがあっさりと引き下がるを狸太は止めようとしたが、あっさりと罰符を季楽と蛇女から受け取ると席に着く。イカサマを見破ったライトが引き下がった以上、狸太も強いことは言えずそのまま罰符を受け取り釈然としないが席につく。
(こいつ何を考えているんや、むしろわしが勝ってまうぞ)
罰符後の順位は狸太、ライト、蛇目、季楽となり改めの再開。手堅く狸太が上がり、最終局面へと入る。
(この人間、やはり甘いやつやな)
僅かながら最下位に沈みながらも蛇女は心の中で舌を出した。狸太が上がった間にも通しを何度かしていたが、それを指摘されることは無かったのだ。
(この人間、すり替えを見る目はあれど通しは見破れていないっ!)
狸太は通しの内容を理解していない、そしてライトも理解していないとなれば速攻で通しを使いライトより上の順位を取る。それが可能であるということを確認するために、この局は狸太に上がらせたのだ。
(これならいけ……)
「ロン」
「へっ?」
蛇女があと一歩というところまで手を進めたその時、それまで静かであったライトが手牌を倒しあがりを宣言する。
「こ、この手牌は……」
「これで逆転。約束、守ってもらいますよ」
ライトの手牌は蛇女の当たりを完璧に止めた上に、致命的な場所を狙っていた。
それは、まさしく通しを完璧に読んでいるという証拠にほかならなかった。