第二百十六話 裏
リンたちが温泉でゆっくりとしている一方、
(さて、今日もマッピングにでも行きますかね。ゆっくり街を歩く暇もなかったしな)
ライトは適当な店で買った笠を深くかぶり、頭を隠しながら街を隅々まで歩いていた。龍鬼の試練の存在を知ってからというもの、そちらの方にかかりきりになっていたので街の細かい地理は曖昧なのだ。特に今は、攻略そのものが止まっている状態であり、それを打開するために情報を集めているのだ。
獅子目の家に仕えている者らから聞いた話によると、セイクが入ってきたあの場所は時期と共に入口の場所が変わる。その上、今回は幻術により隠されているのを見つけるという手段で入ったが、毒の霧にまみれた場所に出現したり、高レベルのモンスターの巣窟の奥などより難しい場所に出現するらしい。
そうなってしまうと、ライトではこの街に再度入るのは面倒ということもあり、この街から出ることなく情報を集めきってから脱出しようと考えているのだ。
「確認します……え!? し、失礼しましたど、どうぞ」
区域と区域を隔てる関所のような場所は、職業や治療、祭りなどの必要な事情があれば事前の申請をして通ることができる場合がある。それでも審査には割と時間がかかり、関所横に建てられた審査を行う小屋には連日長い行列ができている。
その行列を横目に、関所を管理する職員に証を見せれば簡単に通してくれるというのはなかなかに良い気分だと思いながら、証を持つ者たちは関所を通り抜けていく。特に最高位の証を持つライトは見せるだけで、動揺した態度をとられるのをむずがゆく感じながらも関所を抜ける。
(ただ、ここまで来るとさすがに人も減ってきたな)
ライトが来たのは第四区画のさらに奥。修行場とは別の意味で区画の端であり、なにやらアングラな雰囲気が漂う場所であった。
「ご拝見」
ライトが立ち止まったのは、重厚な門を持つ建物の前。その前にいる侍に龍鬼の証ともう一つの木札を渡すと中に通される。関所の侍とは違い、ライトを持つ最高位の証を見せても態度に出すようなことはしない。
屋敷の大きさだけなら獅子目の屋敷の方がやや大きいが、廊下を歩くたびに濃くなる異様な空気は、獅子目の家よりもより長い廊下を歩いているように感じさせる。
「新規の方、入ります」
案内をした女将のような犬獣人が襖を開けると、中にいた者たちの視線がそれまでの手を止め一斉にライトの方に向く。
「おや、人間の客とは珍しい」
「ここに人間が入るのは初めてでは?」
「おや、先月にここに入っていたでしょう」
「あれは景品ですよ、人間の客じゃあない」
特に後ろにいた狸と狐、そして蛇のような目をした三人の人外がライトを値踏みするように眺め、その口から出る言葉は明らかにこの場が正常な場所ではないことを示していた。
「ルールの説明はもう受けているかね」
「さっき廊下で聞きましたよ」
ライトが通されたのは、その三人が囲む麻雀卓であった。そう、ここはいわゆる賭場であり特にレートの高い麻雀をする賭場である。表の情報においてはライトの知る限り絶大な権力を持っている獅子目に聞けることは聞いてきた。それでも見つからない情報となれば、裏の相手に聞くのが一番である。
獅子目は裏へのパイプを持っていないとのことで、ライトは一見でも入れる賭場から徐々に紹介を得ることで、裏の最奥ともいえる超高レートの賭場にまで侵入できたのだ。
「自摸。四千オールです」
「季楽はん、容赦ないわー」
「なんだよ、当たり牌全部止められてんじゃないか」
ライトの麻雀の腕は高いというわけではない。だが、武器がないわけではない。
「お、人間の割には金持ってるじゃないか」
「まだ半荘二回でしょう。それにラスには沈んでいないんでね」
「そうこなくちゃ、新規が入ると流れが新鮮でいい」
「ただ、その前にちょっと厠に行かせてください」
ライトが賭場の案内人に連れられてトイレ行くが、その最中にもピッタリと見張りがつき"余計なものを見るな”と言わんばかりの視線を向けてくる。
(さて、金の方はガッツリ稼いできて正解だったな。まだもう少し余裕はあるが、早いところ情報を引き出すに限る)
ライトの武器、その一つ目は資金力だ。総資産が相手の名家たちより上とはいかないが、彼らが博打で使っていいと考える金とライトの全財産なら後者の方が多い。元よりゲーム世界の通貨にはあまり頓着していないのもあって、致命的な負けを避けるようにすれば格上相手でも戦えていた。
「戻りました」
「考えはまとまったかい」
「ただ耐えるだけじゃジリ貧だぞ」
「それじゃあ再開といきましょか」
逃げずに戻って来たライトを見て、多少は認めてくれたのか卓を囲む面子の表情が緩む。
「聞いた話なんですけど、この街のその奥に先へ続く道があるって本当ですか」
「……あんさん、どこでその話を聞いたんや」
ライトが雑談交じりにその話を口にすると、対面に座っていた蛇のような細い目をした女亜人が凄みを聞かせて言い放つ。左隣の狐獣人は何も言わず、狸獣人の男は禁句を踏んだライトを心配するというより、卓上の雰囲気が悪くなるのを嫌うように苦い顔をする。
「ちょっと賭場で聞いた噂ですよ、ここなら詳細を知っている人もいると思ったんでね」
「一回目は見逃がしたる。もう口にしないのならそれでよし、そうやないなら……覚悟しいや」
女亜人の打牌に力が入り、無言の返答とばかりにライトも叩きつけるように牌を打つのであった。