第二百二話 息ぴったりコンビ
セイクたちが第五の試練を突破した者一覧の中にライトの名を見つけた次の日。
「来たか……最近の人族は活きがいいな」
早朝、未だ朝の寒さが残るなか数人の足音を聞きながら腕を組んでいた裏牙は傍らの地面に突き刺していた武器を引き抜く。
「もう一度話しておくが、この挑戦で失敗した場合は貴様ら全員に罰則が適応されることを忘れるなよ」
「「もちろん」」
そう声高に返したセイクとリンの二人は、裏牙に武器を突き付ける。
裏我の話す罰則とは、龍鬼の試練の挑戦回数に関わるものである。龍鬼の試練を一つ成功させ、位が一つ上がればそれまでとは格別な権限を持つこともできる。だからこそ、無茶をしてでも何度も挑戦しようという者がかつて多数いた。そのような動機が悪いとは言わないが、それでも実力に見合わない挑戦を続け命を落としてしまう者も現れ出したころにできたのが、この罰則である。
龍鬼の試練を失敗したすると一画ずつ文字が刻まれていき、"亡"の文字が完成すると龍鬼の試練への挑戦権をそれ以降完全に失うと同時に、亡きの字の通り亡くなったものとして扱われてしまうというデメリットがある。
裏我の担当である近接戦闘においては、一対一だけでなく同時に二人まで同時に試練を受けることが許可されている。今回は話し合いの結果、リンとセイクが裏我に挑むことになったのだ。
「良かったの? 先に挑戦させて」
「別に構わねぇよ。どうせ次は俺の番ってことになってるしな」
裏我と激突するセイクとリンを遠巻きに見守るケンに、シェミルは雑談がてら話す。
「それにただのボスと戦うってなれば、近接戦闘じたいは防御の高い俺の方が適してるだろうし残った方がいいだろ。クリアしても、ペアを変えれば挑戦できるみたいだからな」
二人一組で龍鬼の試練をクリアした場合、そのペアが揃っていないと最奥への通行などの権限は付与されないとも説明を受けており、そのためペアでクリアした者でも追加で二人までは他のペアとの挑戦ができる。
「あの二人が失敗なさると、あなたとの挑戦で残り回数を一にしてしまう可能性もございますが、それでもよろしいのですか?」
フェニックスの言葉に嫌味の色はない。いたって普通に考えられる可能性を話しているだけであったが、
「なーに言ってるんだよ。あいつらが負けるかよ」
ケンはあっさりとその可能性を切り捨て、セイクとリンへ信頼を注ぐのであった。
「せやっ!」
最初に動いたのはリンであった。この三人の中で一番高い速度を活かし、一気に距離を詰めて裏我の胴を切り上げようとする。が、
「悪いな、少し前にお主より速き男と闘ったのでな」
「知ってる」
裏我は振り下ろそうとしていた大太刀を持ち直し、柄の部分でリンの一撃を受け止めていた。膂力と体重の利を活かして、一気に攻め立てようとリンを刀ごと押して吹き飛ばす。リンは自ら後ろに飛んで倒れることこそ防ぐが、それでも隙には違いない。
「フォルレク!」
そこをカバーするためにセイクがいる。魔法と同時に放つ斬撃で裏我を怯ませると同時に、隊列を組む。最初はリンの速さで先手を取るのが、いつも強敵と近接戦闘を行う場合の定石であったが事前にライトと闘っているのを考えて、セイクを前衛とした足跡の隊列を昨夜話していたのだ。
「閃空」
「ぬっ……!」
防御力と攻撃を捌く能力に長けたセイクがやや前に陣取り、速度に優れるリンが大きく一歩を踏み込むと同時に刀が届くような位置を取る。基本的にセイクが裏我と打ち合い、僅かな隙を見せた瞬間にリンが的確に一太刀を浴びせることでダメージをとっていく。
「剛気功!」
「うあっ!?」
これがライトと戦う前であれば、もうしばらくの間二人のこと侮りもっとHPを削られていただろうが、今の人間族でも十分に骨のある戦士がいると分かったのなら、不利な状況は無理をしてでも一気に流れを引き戻すのが吉である。
肉体強化のアーツを使い、多少の被弾は気にせずセイクの吹き飛ばしながら一気にリンに迫る。速度や攻撃力こそ違うが、系統としては速度に振った高速アタッカーであるリンは裏我のような攻撃をまともに受けてしまえば倒されてしまうのは避けられない。
これが普通の相手ならば、初見でリンの速さを捉えるのは難しい。ただ、裏我には先の戦闘経験とライトという速度の極致とも言える相手の動きを見ている。
「捕まえ……た?」
「ミラーレイズネル。そう簡単にやらせるかよっ!」
「首狩り一閃!」
裏我がリンの胴体に大太刀を突き刺したと思ったが、その姿が蜃気楼のように揺れる。ギリギリでセイクがリンの位置を誤認させる魔法を使ったおかげで、腹を抉られる程度で済んだ彼女は歯を食いしばり反撃の一太刀を放つ。
(こやつら……強いな。ここ数年の人族は腑抜けていたと思っていたが、認識を改めた方がよさそうだな)
人族の強者がライト一人であれば、ただの例外と考えてしまってもよかったがここまでの強者と立て続けに合えば嫌でも人族への認識を改めなければならないな、と裏我は脳内で呟くと同時にさらにアーツを立て続けにつかい攻めを継続していく。
(あの紙耐久の方は後でもよい。先の男のように集中力がずば抜けているようではなく、一対一ならそのうち捉えることはできるだろう。それならば、各種補助において仕事をしているこちらを叩く!)
これまでリンを重点的に狙っていた裏我であったが、ここで急に狙いをセイクの方に変更し大太刀を振り下ろす。重い一撃を片膝をついてなんとか受け止めたセイクを、さらに上から体重をかけて一気に決めにかかる裏我。
「何?!」
「聖櫃!」
ただ、セイクはそれを待っていた。少しの間足を止める必要のなる聖櫃に裏我を閉じ込めるその瞬間を。
「いくらアンタでも、俺の妨害を受けながら一瞬でこれを破壊するのは厳しいんじゃないか?」
「ならば、正面から押し通るのみ!」
聖櫃の中で騎士剣に魔力を込めて、今日一番の一撃を放とうとするセイク。耐久力のある鬼とはいえ、無防備な背中にそれを喰らえばただでは済まない。それを一瞬で判断した裏我は同じく大技の構え。正面から聖櫃ごとセイクを倒し切るつもりでの打ち合い。
裏我は強者であるからそ、聖櫃がそう簡単に破壊できるものではなく、外にいるはずのリンでは一瞬で破壊できないとこれまでの打ち合いで直感していた。そのこと自体は正しい、高密度の魔力で練られた壁は純粋な物理で破るのは難しく、破るための裏我の一撃も魔力も使った一撃である。
一方でリンの大技はすべて気を使った一撃ばかりであり、魔力を必要とする大技はなく普通では聖櫃を破ることはかなり難しい。
「最高よ、これなら最大を叩きこめる」
しかし、それはつい先ほどまでのリンの話。彼女は一度刀を鞘に納めると、小さく息を吐き目を閉じながら構えを取る。そして、
「十重断空・血晶斬!!」
片目を赤黒く染めたリンは、自身にまとわりつくようにあふれ出した紅黒のオーラを刀に乗せて、聖櫃もろとも切り裂く赤黒い一撃を放つのであった。