第百九十七話 第五の試練
「うむ、見事なり」
「ありがとうございました」
滝を前にしていたセイクが魔力を込めた騎士剣を大きく横に振るうと、明らかに剣の全長を超えた魔力の刃が出現し滝を両断する。セイクの後ろでその光景を見ていた狼の耳を持った剣士も、その光景を見て大きくうなずくと懐から鬼と龍に四の数字が刻まれた札を取り出し渡す。
「おーい、そっちも終わったのか?」
「ケン、お前も終わったのか」
「おうともさ、バッチリよ!」
そう言ってケンはセイクが貰ったのと同じ札を懐から取り出す。龍鬼の試練を受けることに決めたセイクたちであるが、その試練は同じ権限を認められるものであっても複数の種類がある。おそらくは、魔法職や戦士職などの幅広いプレイスタイルのプレイヤーに対応できるように、試練に幅があるのだろう。
そのことを知ってからは、この町の土地勘を養うのと同時にセイクたちはある程度散りながらそれぞれ試練を受けているのである。
「それじゃあシェミルたちの方も様子見に行くか」
「リンはもう早めに終わって先に言ってるだとよ」
戦士職であるセイク、ケン、リンの三人が試練を受けている場所は近くこうして試練の合間に顔を出すのも容易であるが、魔法職が試練を受ける場はぐるりと町を回って反対側である。この町についてから、特にやる気を出しているリンはセイクとケンよりも一時間は早く試練を終えたようで、もう移動を終えている。
「それにしてもここの設備は凄いよな」
「ああ、金と権限さえあればここまでできるのは驚いたよ」
シェミルたちがいるのは木々が生い茂り、温泉の熱気と濃密な魔力の気配が立ち込める場所であり、セイクたちの試練場である岩と水源があるばかりの場所とはまた違った雰囲気であった。
温泉があるということもあり、シェミルたちがいる場所に近づくにつれて温泉まんじゅうやらの屋台が増えているのが見える。看板娘の口車に乗せられたのもあるが、手土産ぐらい持って行った方がいいだろうとセイクとケンは温泉まんじゅうを箱で買うとさらに温泉街の奥へと向かう。
「あ、セイクさん! 試練は終わったんですか?」
「遅かったわね、フェディアはとっくに終わっていたみたいよ」
「リンが早いだけだろ、俺たちだってかなり早いって試練の人も言ってたんだぞ」
魔法職が龍鬼の試練を受けているのは、温泉街のさらに奥。温泉の源泉が湧き出ている場所であり、その熱気により観光のための屋台もめっきりと減っている。先に来ていたフェディアやリンは、少しでも暑さの対策のためか薄手の浴衣姿であり、それでも汗がうっすらと浮かんでいた。
「ほれ、そんなに急いでるならこれも食べてないんじゃないか?」
「あ、ずるい。先に食べてたの!?」
「買ってこなったらそれはそれで文句言ってたろ、しっかし熱いな。俺も浴衣持ってくるんだったな」
リンに買って来た温泉まんじゅう渡しながら、ケンは手で顔を仰ぐジェスチャーをする。修行場から直接来たのもあって、特に重装備のケンは暑さに参っているようである。
「それならこの魔法を試してみてもいいですか?」
「ん? いいけど何だ?」
フェディアがリンからまんじゅうを受けとる前に、フェディアはそれを一度止めるとセイクとケンの鎧に手を触れ呪文を唱える。
「おおっ! 一気に楽になった」
「私も試練クリアしましたからね。その時に覚えた魔法の一つですよ」
ふふーんと、そんな擬音が聞こえてきそうな得意げな顔をしたフェディアが唱えたのは、身体周りの空気を快適に保るという呪文でありこの熱気の中でも十分に快適な活動ができるというわけだ。
「あれ、そういえばシェミルはどうしたんだ?」
「シェミルさんたちならもう少し奥の方にいますよ。私とは少し違う場所で試練を受けているはずですよ」
そこまで話したところで、フェディアが指を指した方向で爆音と共に大きな水柱が立ち上がったのが見えた。
「終わったみたいですよ」
「この爆音がシェミルの試練か」
「ええ、シェミルの試練は攻撃魔法に関わるものらしいですからね。あら、美味しい」
「うおっ!? フェニックス、いつの間に」
爆音の方に気を取られている間に、いつの間にか試練を終わらせていたフェニックスが温泉まんじゅうをつまみながら答えた。彼女の試練は魔力のコントロールと回復魔法のものであり、精神こそすり減らしたが激しい消耗はしていないようで、涼しい顔をしながら話していた。
「あれ? もしかして私がビリ? ショックだなー、ケンには勝てそうだったのに」
「どういうことだっての……」
まんじゅうを渡しながらシェミルに目を細めて怪訝な目をするケンであったが、いつものちょっとした弄りとばかりにどこ吹く風でまんじゅうに口をつけた。
「さ、これでようやくあそこに入る準備が揃ったな」
「やっとだな」
「どうする? 今日挑戦しちゃう?」
「いや、今日は挑戦の申請だけにしよう」
「そうですわね。HPやMPは回復できても集中力は限りがありますもの」
そう言ってセイクたちが向かったのは町の中心区画、普段は町でも一部の有力者しか入ることができない場所であり、龍鬼の試練で五の資格を取れば入れるようになる場所でもある。
これまでも区画を分ける門はあったが、それらよりも一際大きく重厚な門。それを守っている門番が龍鬼の試練の受付も兼ねており、セイクたちはそこに来たというわけである。
「ここは五位以上でないと通すわけにはいかぬ」
屈強な鬼族が守る門に近づくと、それまで石造のように動かなかった彼は動き出しセイクたちに威圧を飛ばしてくる。
「俺たち、龍鬼の試練を受けにきたんですけど、受付て貰えますか?」
その言葉と共に、セイクたちは四の文字が刻まれた証を見せると鬼族はそれを手に取り確認すると小さく頷いて証を返す。
「了解した。こちらから話を通しておこう。明日以降、龍の谷に出向くと良い」
低い唸り声のような言葉でそう話すと、鬼族の門番はまた門の前で石造のように動かなくなった。
「おい、これ見てみろよ」
「歴代の試練突破者のようですわ」
「こんなのがあるなんて、やっぱり話に聞いていた通り五の試練の難易度は段違いみたいね」
門から少し離れたところには、【歴代試練通過者】の題目で人名らしきものが刻まれた木札が大量に貼り付けられた巨大な看板が立っていた。話には聞いていたが、五の試練は四までとは一線を画す難易度であり、それを突破することは大変な名誉ということでこうして木札にて称えられているのだという。
「あ、あの……あそこにある名前って」
「うそですわよね……?」
フェディアとフェニックスが指さしたのは、看板の右上。巨大すぎて全貌を一目見ることはできなかったが、そうやら木札の劣化具合からして一番新しく試練を突破した者の名前が刻まれた木札がかけられており、
「そうだな……間違いなくあいつだろうな」
そこには“セイク”の三文字が刻まれた木札があった。