第百九十五話 龍鬼の試練
九重が虚空へと消えていくのに呆けていたのも一瞬、セイクはすぐに意識を切り替え目の前に倒れる二人の狐獣人への治療を続ける。フェニックスやシェミル、フェディアらの魔法に特化した存在が近くにいたのも幸いして、獣人二人は数分後には意識を取り戻した。
「……一応人族とはいえ礼は言っておく、助かった」
それだけ言うと彼らは人混みに紛れるようにどこかに消えてしまった。いつのまにかワギサリもどこかに行ってしまったようで、セイクたちはまるで人外たちの街に放り出されたような状態であった。
「だ、大丈夫ですの……? こんな場所で何度も戦闘になるようだとまずいと思うのですけれど」
「どうやら、こっちは強さが正義ってのは本当みたいね」
「そうだな。俺たちを見る目もさっきの街とは全然違うな」
とりあえず回復のための宿屋を探そうと、街の中心へ歩き出したセイクたち。とりあえず許可証を貰ったリンを先頭に歩いていたのだが、フェニックスは体躯の大きい人外たちが歩く街に恐怖心があるようでセイクの後ろに隠れるように歩いていた。
ただ、ケンが話すようにこの街の人外たちはすれ違う度にセイクたちの方に視線を移しはするが、恐怖心と猜疑心にまみれた目ではなく、単純に好奇心からこちらを見ているといった様子である。
「いやー、しかし凄いなここは」
「本当ね、ここまで力が違うとなると戦争で負けたってのは本当みたいね」
セイクたちはとりあえず適当な宿屋を見つけ部屋を取ったが、宿屋すら一つしかなかった人間族の朧町とは違いいくつも宿屋があり、半ばのグレードらしい今の宿屋でもかなり豪華な部屋であった。他の街ではこのグレードではシャワーがある程度のところ、大浴場までついているのは流石と言わざるを得ない。
二階の窓から外を覗くケンの視線の先には、提灯が立ち並び夜も眠らなさそうな大通りが見える。これだけの活気はこれまでの街でもそうそうあるものではなかった。
「こっちのポーションも凄いですよ、純度はともかく中に入ってる魔力量は里でもそうそう見れません」
「土地が肥沃なのも関係してそうですわね」
フェディアが持っているのは、宿屋の途中にあった道具屋で買ったMPポーション。フェディア曰く純度は普通だそうだが、その中に込められている魔力は非常に多い。その分ポーション瓶そのもののサイズもやや大きいのは回復量を考えれば妥当だろう。
セイクたちが町の差を噛みしめていると、トントンと部屋の襖を叩く音が聞こえた。
「お食事をお持ちしました」
その言葉と共に、着物姿の女性が襖を開き部屋のテーブルに食事を並べていく。一見すると普通の人間のようであるが、頭についた猫耳と元が細い目なので分かりにくいが縦に長い楕円をした瞳は猫の獣人であることを言葉よりも雄弁に語っていた。
「なあ女将さん、俺たちは冒険者なんだが次の街に行くにはどうすればいいんだ?」
食事の後、女将が食器を下げに来た時にケンがふと思いついた疑問をぶつける。今までの街は、開始時点で大きな街があり、そこから先のフィールドに出てボスが出てくる場所を見つけるのが流れであった。しかし、今回はフィールドの先にこのような場所があり、仮にここから出てフィールドに出てもまた目印もなく彷徨うだけである。
探索が行き詰まり気味である今は、どんな情報でも欲しい。
「そうですなぁ、私は女将ですので冒険者はんたちのことはあんまり……。ほんなら、龍鬼の試練を受けてみるのがええのではないですか?」
「龍鬼の試練?」
女将の口から初めて聞いた言葉が出てきたのを受けて、少し離れたところで食休みをしていたリンたちも注意を女将の方に向ける。
「この町はいくつかの区画に分かれておりましてなぁ、余程のことがないと私みたいな平民は中央の偉い人がおるようなところには行けんのですわ。でも、龍鬼の試練を受ければ位が上がって色々なところに行けるようになりはるんで、あんさん方が行きたい場所にもいけるようになるかもしれはりませんよ」
権限という話になったところで、女将は懐から木でできた札を見せる。その札には鬼と龍、そして漢数字で一という文字が刻まれていた。
「決まりだな」
女将が去った後、静まった部屋でセイクが一番に口を開きリンの方を見る。彼女が懐から出した絵馬のようなものは、九重から渡された許可証であり、そこには女将の札と同じような絵と共に一の漢数字が刻まれていた。