第百九十三話 実力試し
「ワギサリ殿! 実はこちらの人達があの二人組を追い返してくれたのですが、お知り合いですか?」
「どうやら外から来た冒険者らしい、次からはもっと早く来ることにしよう」
ワギサリは抜刀した状態でここに駆けつけていたが、店主に絡んでいる人外たちが既に追い返されていたことに気が付くと、店主に一声かけながら刀を鞘にしまう。
「あの……」
「何となく言いたいことは分かる。着いてこい、歩きながら話すとしよう」
何故ここにいるのか、あの人外たちはどのようなことなのかと聞きたいことがいくつもある。ワギサリに声をかけようとすると、彼はこちらの方を見て後ろについてくるように促しながら歩き出した。またワギサリの家に行くのかと思ったが、その方向はまた別の方向であった。
「宿屋の方で聞いているかとも思ったが、そういえばお主らの仲間に一人人外がいることを忘れていた。あの店主も怖がって最低限のことしか話していなかっただろう」
「確かにあの店主、料理持ってくるときですらすぐ引っ込んじまってたからな」
ケンが思い返していた通り、宿屋の店主も他の町民と同じくフェディアを一目見ると料金などの事や料理などの最低限のこと以外は怯えて話したがらないといった様子であった。その扱い自体はワギサリの説明からなんとなく予想がついていたが、彼からすれば店主から重要なことを話してくれているつもりだったらしい。
「ここだ」
しばらく後をついて歩いていると、ただでさえ活気のなかった朧町の町並みは寂れ、そもそも人気というものが無くなっていく。それでもしばらく歩いていくと、唐突に先頭を歩いていたワギサリが立ち止まる。
「この街が二つに分けられたというのは話したな」
「人外と人間たちの街に分けられたんでしたっけ?」
ワギサリは懐から一枚の紙を取り出すと、それを挟んだ状態で人差し指と中指を立てた印を結び気を込める。
「解! そして、これがその人外たちのいる方の街への入口だ」
「うおっ!?」
ワギサリが印を結んだと同時に、思わずそんな声が出るほどの巨大な門がその場に出現した。
「これ、かなり高度な隠蔽魔法がかかってます」
「私たちでも解除できそうにないかしら」
「多分、あの札みたいなものが鍵で、あれがないとまず見破ることができない代物ですね」
フェディアたちがひそひそ話をしているのを背中に聞きながら、ワギサリがさらに印を結ぶと重々しい音を立てて門が開いていく。
「おおっ!?」
思わずそんな声が漏れたのも無理はない。門の先に遠く見えるだけでも街の景色は豪華絢爛といった様子で人外たちと人間族の力の差をありありと見せつけられているようであった。
「待て、ここから先は奴隷以外の人間族の立ち入りは禁止されている」
開いた門からワギサリを先頭に街へ入ろうとすると、門の脇に立っていた槍を持った大柄な男二人が槍をワギサリの前に横に倒して前進を止めながら警告をする。
「正確には朧町の住民の立ち入り禁止だ。こいつらは外から来た奴らだから当てはまらんぞ、ちゃんとその頭に規則を入れてないのか?」
「なんだと!?」
煽るようなワギサリの言葉に、槍兵の兜で見えないはずの顔が苛立つのが分かる。
「特にこいつらは外からきた冒険者だ、そっちは実力者を歓迎する社会だろう。だったら通すのが筋のはずだ。規則違反もしていないことだしな」
ワギサリに言い立てられて困ったように唸り後ずさりする槍兵たち。
「そこまでだ。しばらくぶりに門が開いたと思えば、お前かワギサリ」
「九重さん! こいつらが中に入れろって言ってくるんですよ」
彼女の名前は九重織枝。この人外の朧町において警察のような秩序を保つ組織に所属し高い地位にいる彼女は、この人外と人間族を繋ぐ門が人間族側から開くという久しぶりの異常事態の報告を受けて急いで来たのである。
「ふむ……確かにそちらの主張はもっともだな」
「それじゃあ通しちまっていいんですか? 九重さん」
槍兵から事情を聴いた九重は、手に持った笏を顎に当てながらワギサリとセイクたちの方を見て少しばかり考え込むと笏をセイクたちの方に差し向けて宣言する。
「だが、この町にふさわしい実力かどうかの判断はこちらでさせてもらおう」
その言葉と同時にどこからか桜吹雪が視界を塞ぐように舞い上がり、それが晴れると二人の狐獣人がそこに立っていた。
「お前らがこの二人に勝てるようならその力を認めて、この町への入場を許可しよう」
「へっ、そりゃあ分かりやすい」
「それで? 誰が行くのよ」
シェミルがそう言いながら他の仲間たちに視線を移すと、
「何を勘違いしている。貴様ら全員でこの二人に勝てたらという話だ」
「へぇ……随分舐められてるんだな」
「人間族などその程度だろう?」
九重の言葉は先ほどのワギサリの言葉とは違い、煽りの色はなくただ自分の経験からそう話しているような声色であったが、セイクたちからすれば侮られたとしか感じられない。
「ね、私に行かせてくれない?」
「それならもう一人はセイクね」
「それはありがたいけど、いいのか?」
「相手は二人、何をしてくるか分からない以上一番手札が多いのはお前ら二人だろ?」
ケンの言葉に小さく笑って返したセイクは、先に一歩前に出ていたリンの隣に剣を抜いて立つ。
「ほう……その心意気こそ買うが判断基準を緩めたりはしないぞ」
「「上等 (よ)!」」
そう、セイクとリンは狐獣人へ武器を突き付けながら宣言するのであった。