第百九十話 人間族の話
パキリと火にかけられた薪が音を立てたのを見ながらぽつぽつとワギサリは言葉を紡いでいく。
「この街は、本来もっと広い街でな。それこそ一つの城を囲んだ国と呼べるくらいの規模を持っておる豊かな街であった、当然それだけの規模の街では人間族だけではなく他の人外の者たちとも共存して暮らしておったんだ」
セイクたちからすれば、この街がそこまでの規模であるというのはなかなか信じがたいものであった。ボロボロの平屋とそれを囲む陰惨な雰囲気は街を歩いただけでも感じ取れるものであったからだ。
「だが、百年ほど前に一つの戦争が起こった。元は別の理由だったという話もあるが……そのあたりはこのさいいいだろう。重要なのは龍玉という宝の存在だ」
「龍玉?」
急に聞いたことのない言葉が出てきて、相槌を打つがてらセイクが口を開いた。
「元は二つで一つの宝であり、その宝を持つものは強大な力を持ち、祭ることでその土地に肥沃をもたらすとされている宝だ」
「それがどうしたんだ?」
「無くなってしまったのだ、正確には人間族の龍玉だけがな」
ワギサリの答えを聞いて口を挟んだケンも口を閉じた。いくら鈍くとも、その言葉を聞けばそれからどうなったかは何となく想像がつく。
「元々はこの街のさらに外からの魔物の進行に対して、我が人間族と人外たちが協力して戦争を起こしたらしいが、その後が問題だったのだ」
ワギサリは棒を使い、小さくなっている火に薪を集めて火力を維持しながら話を続ける。
「魔物の進行は確かに退けることに成功した。たが、その後に当時の人間族の長が持っていた龍玉が無くなってしまったのだ」
「その魔物たちに奪われたんじゃないか?」
「その龍玉を狙って魔物たちが襲い掛かって来たというのは納得できそうだけど?」
ケンとシェミルの突っ込みに対して、ワギサリは小さく息を吐いてから説明を続ける。
「その可能性ももちろん考えられた。だが、同じほど前線に出ていた人外族の長の方は龍玉を奪われていないのだ。しかも、それから人外族が主に暮らしている土地は以前より豊かになったのだ」
ワギサリの言葉には、言い切りはしないものの人外族が龍玉を奪ったという意味が込められているように感じられる。
「当然、龍玉を失った我が人間族の領土と人外族たちの領土では格差が広がっていった。そうして、溜まりに溜まった不満が爆発し、戦争になってしまったというわけだ。勝敗についてはもう言わずともわかるだろう……」
ワギサリが小さな窓から街の方に遠く視線を移す。その目線の先には、決して豊かとは言えない朧町の風景が広がっている。
豊かな土地で暮らしている人外族と、実りの宝玉を失った人間族。人間族からすれば、正義のもとに最後の力を振り絞っての抵抗だったのかもしれないが、結果としては惨敗したというのは揺るがない事実なのだ。
「戦争には破れたものの、その当時の人間族の長が全滅するよりも生き残る道を選び我らが人間族は、人外族の下働きとして生き残ることになったというわけだ」
とりあえず話終わったとばかりに、ワギサリは立ち上がる。
「もう遅い、この街に止まるのなら宿屋がここを出てしばらく行った先の十字路を左に曲がったところに一軒だけある」
「ご親切にありがとうございます」
戸を開けて街の中心部を指さすワギサリ。この街に来たのが遅いのもあって、既に空は夕暮れ色に染まりだしていた。もともと残りのHPやMPなどが少なくなったのもあって、拠点となるところを探していたので宿屋で回復ができるのはありがたい。
フェディアがお礼を言いながら立ち上がり、セイクたちがワギサリの家を立ち去る時に見た彼の目は、はるか昔を懐かしむような悲しい目をしていた。