第百八十九話 もう一つの街
「生きてるのか、これ?」
「一応急所は外したし、回復しないと刀は握れないだろうけど生きてはいるはずよ」
全身刀傷だらけのワギサリを見て呟くケンに、肩で息をしながらリンはなんとか答える。ロズウェルによって自身の持つ力を限界まで引き上げられた経験から、短時間かつ使用後に極度の疲労感が起こる代わりに、かつての力の片鱗を振るうことができるのだ。
単純な技量だけではワギサリを上回ることは難しく、大量の陽炎刃を瞬時に見分けるのも厳しい。となれば、一気に物量で押すのが正解という判断からの連撃であった。
「アンタも生きてるでしょ。フェニックス、回復してあげて」
リンに言われてフェニックスがワギサリに駆け寄り、回復魔法をかけてやると気絶していた彼の目に光が戻る。意識を取り戻した彼はすぐに上半身だけでも体を起こし、刀を構えようとするが傍らで回復魔法をかけているフェニックスと、自身を見下ろしているリンを見て刀を握る力を緩めうなだれた。
「俺は、負けたのか」
「やっと落ち着いたわね。これで、私たちがここを攻め落としに来たわけじゃないって信じてもらえたかしら」
「ああ、貴様の力に妙なものは感じこそしたがあの人外どもとは違う。それは信じよう」
ようやく緊張が解けたようにワギサリはゆっくりと立ち上がり、刀を鞘に納めた。
「すまない、どうやら随分と頭に血が上っていたようだ。この街に顔見知り以外が来るときは、ロクなことにならないものでな」
軽く頭を下げて謝罪するワギサリからは、もう殺気の類は出ていない。リンも刀を収め、これにて決着とばかりにセイクたちも二人の傍に歩みよる。
「それで、結局ここはどこなのよ?」
「なんと、それも知らずにこの街にたどり着いたのか!」
「そんなに驚くようなことなのか?」
「む、それは……。そうだな、ここではなんだ。ついてこい、何もないが落ち着いて座れる場所ぐらいはある」
そう言ってワギサリは立ち上がると、セイクたちに一度視線を送ると木造の平屋の立ち並ぶ住宅街の方に歩いていく。
「どうする? 信用するのもいいけど他の人に襲撃される可能性もゼロじゃないと思うけど」
「ここにいても進まないだろうし、ついて行ってもいいんじゃないか?」
ワギサリの背中を眺めながら厳しい目を見せたシェミルであったが、ケンはあっけからんと斧を担いで歩き出す準備を固める。
「その心配はあんまりしなくても良さそうよ、あいつ以外から特に殺気は感じてないし、そもそもこの街で一番強いのは多分あいつね」
「私の感覚でもそういう敵意のある魔力は感じませんね」
リンとフェディアの両名がさらにケンの意見に賛同し、パーティーの視線がリーダーであるセイクに向けられる。
「よし、行こう! ここに居ても進まないし、今だと俺たちが先の道を切り開くのを頑張らなくちゃいけないしな」
「そうこなくっちゃな!」
「そうですわね。今は私たちが先に進まなくてはいけませんわね」
セイクの言葉で少し迷っていたメンバーの気持ちもすぐに決まり、ワギサリの後を追い歩き始める。
「なんだか活気のない街だな……」
ワギサリの後を追い街に入ったケンが、辺りを見回しながら小さく呟く。それは声にこそ出さないがセイクやリンも感じていることであり、今までの街では、ある程度NPCによる活気と呼ばれるものを感じていることが多かった。その一方で、この街ではボロボロの木造平屋の中で、こちらを覗くNPCの気配こそ感じられるものの、来ている服は傷んだものにこちらを懐疑的な目で見ている視線だらけであった。
「ついたぞ、何も出せんが視線ぐらいは遮れるだろう」
住宅街を抜け、街の外れに位置する場所にワギサリの家はあった。中央に囲炉裏が据えられたそれは、昔話でみたような風景であった。
ワギサリは草履を脱いで部屋の奥に座ると、セイクたちにも座るよう目線で合図を送る。
「さて、どこから話すべきか」
「まずは、そもそも何でいきなり襲い掛かって来たのかの説明が欲しいわね」
囲炉裏を囲み、円形で座ったセイクたちに囲炉裏に火を入れながらワギサリが口を開き、リンがそれに対して鋭い視線と共に返す。
「そうだな……それにはまずこの街の成り立ちあたりから話した方が分かりやすいな」
リンの言葉にワギサリはどこか哀愁を漂わせた声色をさせながら、囲炉裏の火に視線を落とした。
「この街の名は朧町。かつて人外と人間が共存しながら発展していた豊かな街だったところだ」