第百八十八話 陽炎刃
「いくら人外の者たちとは言え、決闘前には名を名乗るのが礼儀だ。我が名はワギサリ、隠れ里の筆頭守護人である」
「夜明け所属、久崎流筆頭伝承者のリンよ」
リンの言葉を合図にするように、ワギサリの刀からカリャリと鞘から刃が抜ける音がして二人は激突すした。
「ジャッ!!」
(速い……!)
先に仕掛けたのはワギサリの方であった。居合の形で抜刀された刀は正確にリンの首へ向かい、それを中途半端に抜刀したリンは受け止める。右手で柄、左手で鞘を持ったまま、半ばまで抜けた刀でワギサリの刀と競り合った彼女は滑らすようにその一撃をいなすと同時にステップからハイステップを繋いで距離を取る。
「ほう、今のを凌ぐとは人外の外道の割にやるではないか!」
「だから……私たちはそういうんじゃなっての!」
リンが叫びながら飛刃を放ち、自分の肩を掠めたのを見てワギサリは笑いながら一気に距離を詰めてくる。リンは遠距離でも戦える技はあるが、一番力を出しやすいのはシンプルに刀が届く距離なだけにあちらから距離を詰めてきてくれるのは都合がいい。
(確かに単純な膂力や急所を狙う嗅覚は凄い。けど、技の起こりがバレバレね)
「ぬうっ!?」
ワギサリの連撃をギリギリで避け、いなしながらリンは的確に斬撃を浴びせていく。首などの急所こそ守っているものの、ワギサリの着物には刀傷がどんどんと増えていく。
「この勝負どう見るよ、ワギサリとかいうやつも割と強そうではあるが」
「うーん、やっぱりリンが有利じゃないかな? 相手は似たような剣士と闘ったことがないって印象だな」
「なるほどね、ワギサリとかいうやつの刀の振りは凄いけどフェイントとかを使ってるようには見えないし、セイクの言う通りかもね」
リンとワギサリの闘いを観戦していたセイクたちの感じた通り、ワギサリの太刀筋は鋭さこそあれそれを当てるための工夫がないように思えるものであった。ただひたすらに殺気と闘志を駄々洩れにして打ち付けるような太刀筋。
相手が戦術のかけらもないモンスターや経験の薄い相手ならともかく、武術の腕が高いリンを相手にするのであればその弱点は致命的である。
「なっ!?」
「どうした? そんな幽霊でも見たような顔をして」
リンが驚いた顔をしたのも無理はない。首の方に殺気が飛んできたのに反応して防御をしたのだが、実際にリンが受けたのは腰の辺りへの一太刀であったのだ。
それが一度だけであれば、単に読み違えたとしてしまえば良かったのだが、続けて剣撃を貰ってしまうと何かからくりがあると思わざるを得ない。
「リンさん! 何か相手の力の流れがおかしいです」
「ッ! フェディア、ありがとう!」
フェディアの叫びを聞いて、何かに気づいたリンは鋭察というアーツを発動する。これは気配察知から派生したアーツであり、しばらくは自身に害をなそうとするものを察知する感覚が大幅に強化されるというもの。普段は視界の悪いフィールドを歩いているときに、先陣をきったリンが使い不意打ちを防いだり罠を察知したりするのに使っていた。
普段の戦闘ではこのアーツを使わなくとも、リンが元から持つ気配を読む力と経験で十分に対応できていた。だが、このアーツを使ったことでようやく判断がついた。
「ふむ、これに気づくか」
「まさか気力だけでここまでの殺気を込められるなんてね」
鋭察を使ったリンが見破ったのは、ワギサリの周りに大量の斬撃が浮いているかのような気配であった。
「心鋭流、陽炎刃。見破ったところで破ったというわけではないだろう?」
陽炎刃と呼ぶそれは、いわば極限のフェイントという技である。攻撃を行うという意志の力を極限にまで高めることで、そのイメージは殺気を伴い極めてリアルに実現し、まるでそこに攻撃があるかのように錯覚するというわけである。
虚と思えば実、実と思えば虚と陽炎刃と同時に攻めるワギサリの太刀筋は、派手さこそ少ないが確実にリンのHPを削っていく。
「おいおい、リンのやつ大丈夫なのかよ。あの陽炎刃とかいう技結構強いみたいだぞ」
「モンスター相手というより、こういうPVPじみた闘いだと強そうよね」
岡目八目ともいうべきか、離れたところから集中して見れば何とか陽炎刃が存在していることは分かる。だからこそ、一対一に特化されたその技を破る方法がすぐに思いつくかといったらそうではない。
「セイク! アレ使うわよ」
「おう、頑張れ!」
リンはちらりとセイクの方を見て叫び、その背中を押すように言葉を返すとリンの持つ気配が一気に膨れ上がる。
(なんだ、やつの気配が禍膨れ上がった。しかも、なんだこの禍々しさは)
禍々しい気配を放つリンを見て、何かを発動する前に一気に攻め立ててしまおうと考えたワギサリは、陽炎刃を最大に展開しその物量を隠れ蓑にしてリンの何かを中断ないしは止めを刺してしまおうと接近する。
だが、
「……抜刀連・十二重」
ワギサリが見たのは、リンが刀を納刀した瞬間にその片目が赤黒く染まった光景と、大量の陽炎刃もろとも神速の抜刀術で自身が切り刻まれる瞬間であった。