第百八十七話 浪人
歪みの中は真っ暗な空間であった。生ぬるい空気が頬をなぞり、気味の悪さを晴らすようにセイクが明かりとなる魔法を唱えるとある程度視界が戻る。
「うっわ、マジで迷路みてぇだな」
「こんなところをマッピングで進んだら、どんだけ手間がかかることやら」
ケンとリンがうんざりしたように話すのも無理はない。目の前に広がるのは、不気味な白をした壁が迷路のように分かれている光景。まともに進むのであれば、どこまで進んだのかすら曖昧になりそうなここを、一歩一歩マッピングをしながら正解の道を見つけ出す必要がある。
通常であれば、一度戻って探索専門のスキル構成をしたパーティーに依頼を出す。自分たちでやるにしろ、消耗品などを補給してから来るのが普通である。
「……お願いね。ほら、着いてこれないと置いてくってよ」
だが、今回は頼れる道案内がいる。シェミルが肩に乗っていた光の玉に声をかけると、それはふよふよと漂いながらセイクたちの先を飛んでいく。
「しっかし長いし曲がりくねってるわりにモンスターは出ないんだな」
「ここは隠れ里への通路だからモンスターも出ないようになっているんだって、この子が言ってたわよ」
閉塞感こそあるが、しばらくぶりにモンスターが出ない場所ということもあり雑談しながら歩みを進めていく一同。二十分も歩いたころには頬を風が撫でる感触を感じ、出口が近いことを知らせてくる。
「ここは私に任せてください」
迷宮の壁に一筋の光が走っている箇所で、案内役の精霊が困ったように右往左往しているのを見て、後ろにいたフェディアが先頭に出てきた。
「またこじ開ける必要があるのか?」
「いえ、ここは里の終点なだけあって、無理やり開けるのはあまり得策じゃなさそうです。けど、これぐらいなら私でも開けられると思います」
また巨大な一撃でこじ開けるのかと思い剣を構えたセイクだったが、フェディアが首を横に振ったのを見て剣を収めた。
「待っててくださいね。もうすぐ帰れますよ……」
自身の周りを漂う精霊に語り掛けながら裂け目に向かうフェディア、しばらく真剣な顔のまま時間が経ちひときわ裂け目からの光が大きくなった。
「空きました!」
おおっ、とセイクたちが関心の声を上げると同時に裂け目が広がり光が漏れる。我先にとばかりに精霊がその裂け目に飛び込み、セイクたちも後に続く。
「うっ……おおっ?」
「ここが……隠れ里?」
裂け目の先に広がっていたのは、どんよりとして薄暗い空にボロボロの平屋が立ち並ぶ景色。最初にセイクたちの頭に思い浮かんだのは“貧民街”や“スラム”といった言葉であった。
「この隠れ里を暴くとは何事だ! 貴様ら人外どもにの税は収めているだろう! これ以上の圧政を強いるというのなら、こちらも容赦せぬぞ!」
セイクらがあっけにとられていると、腰に刀を刺した浪人が殺気を込めた瞳でこちらを睨んでいた。その手は刀の柄に添えられており、返答次第では切り伏せるとばかりに威嚇をしているようであった。
「おいおい、別に俺たちは何かをするわけじゃないっての」
「そうそう、俺たちは冒険者なんです。この先のフィールドに行くために色々情報を集めているんですよ」
ケンとセイクが目の前の浪人を落ち着かせようとするが、
「信じられんな、そう言って何人の仲間が館送りになったと思っている」
浪人の殺気は衰えるどころか、こちらをさらに警戒するように刀を握る力を強める。
「私に任せて、こういう輩は一度頭を冷やさせないと話を聞かないわ」
「ほう、人外どものわりに多対一を恥ず心はあるのか」
セイクとケンがどうしたものかと思っていると、後ろにいたリンが前に出てきた。彼女の腰に刺された刀を見て鼻を鳴らすと、さらに一歩前に出る。それに呼応するようにリンも前に出て、刀に手を添えるのであった。