第百八十六話 もう一つの歪み
「ふーっ、やっぱ最前線で連戦はキツイな」
「消耗品の値段も上がってるからね。私もMP節約しないといけないと」
「しっかし帰還石も転移呪文も効かない霧なんてものが出てくるなんてね」
「この世界も終盤ってことだろうな」
ライトたちが朧街に入っていた一方で、夜明けのメンバーもまた最前線のフィールドにて狩りを行っていた。大きな組織である攻略組は、今のプレイヤー間の混乱を収めるためにせわしなく動いているが、個人的なパーティーである夜明けにはそれをする道理はあまりない。
それでもセイクは攻略組たちに協力しようと一度は声をかけたのだが、ヴィールから「今は攻略組があまり攻略のために先に進めていない、こんな時だからこそ先に進む足は止めたくない」と言われ攻略の手を止めないという決断をしたのだ。今はマッピングやモンスターや素材の出現情報を集めるだけでもこれから先の攻略に大きな助けになることを信じて攻略に出ているのである。
「とはいっても、補給を絞られた状態で最前線はなかなか厳しいぜ」
「ただでさえ安全地帯が見つからないですからね……」
ライトたちとはまた違う方向のフィールドを探索していた夜明けたちであったが、こちらも帰還石封じと安全地帯が無いという仕様に苦しめられていた。
せめて安全地帯だけでもあれば、途中で休んだりして精神的にも非常に助かるのだがこの状況では常に気を貼っていなくてはならない。それが彼らの精神を確実に疲弊させていた。
周りを見渡すといつからか一面の丸石と白骨だらけの地面が広がっている。まるでどこかの河原のようだが、水はなくひたすらに無機質で不気味な地面が広がり、骸骨の戦士がポップしてそれを叩くの繰り返し。
「セイクさん。ここから先のところ、魔力の流れがなんかおかしいです」
あまり戦果は得られなかったが、安全地帯が無い以上、早めに撤退の判断をしなければならないとセイクが考えたその時、フェディアが眉をひそめながら前方を指さす。
セイクが集中してフェディアの指さす空間を見ると、ほんの僅かな違和感があるのを感じ取れた。だが、それは時間経過で変わるタイプの間違い探しで変わる箇所を教えて貰った上に注視をしてようやく違和感があるというレベルであり、普段であったらこのまま直進しても気付かなかっただろう。
「どうやらかなりの隠蔽系の処置をされているようですわね」
「ええ、私も気づけたのは正直偶然です」
夜明けの中でもこういったことに詳しいフェニックスが一歩前に出ると、フェディアと肩を並べて何もない空間を指差しながらあれやこれやと意見を交わす。
「シェミルは行かなくていいのか?」
「私じゃ支援系の魔法はサッパリよ」
フェディアとフェニックスが話し込んでいる間は休憩とし、セイクたち前衛組はつかの間の休息として一息をつく。地面に座るセイクの隣に座って来たシェミルも魔法職ではあるのだが、専門が違うのか力になれないとばかりに手を広げてジェスチャーをする。ほとんどのリソースを精霊魔法とその他攻撃魔法に寄せた魔法砲台である彼女からしては、何かを隠すような魔法の解析は苦手なのである。
「……だから、ここをこうすれば」
「……開けそうですわ。シェミル、セイクこっちに来てもらえます?」
しばらく話していた二人に呼ばれ、セイクとシェミルは謎の歪みの近くに行く。やはり集中すれば歪みは確認できるが、どうやれば開くのかはセイクにはさっぱりである。
「この歪みは鍵付きの扉のようなものね。ある程度まで鍵は緩められたけれど、これ以上はちゃんとした鍵を持った人じゃないと無理ですわ」
「そこでセイクさんの出番です、私たちが限界まで鍵を緩めるのでその瞬間に魔力を放出して一気に穴を開けてください」
二人の説明で完全にとはいかないが、セイクにも開けるまでの段取りは分かった。
「それで、私が呼ばれたのは?」
「おそらくですが、この先は多少迷路のような通路になっていて、その先に大きな空間が広がっています」
「鍵がついていることからの推測ですが、この鍵は侵入者を入れさせないための秘密の通路を塞ぐためのものなのでしょう。そこで、この骨についているでしょう精霊に案内してもらおうというわけですわ」
「あー、なる。それなら私の出番ね」
シェミルの持つ精霊魔法は、万物に宿る精霊を呼び出しその力を借りることができるという魔法であり、場所によって効果が大きく異なることから上級者向きの魔法である。そして、この河原に点在する骨の中には、この歪みの先にあった存在の骨も混ざっているだろうという推測から、それに宿る精霊の力を借りることで、この先に行こうということである。
「さ、行きますわよ」
「もちろん」
「準備オーケーだ」
歪みの正面にセイクが立ち、その両脇にフェニックスとフェディアが立つ。後ろではいくつかの白骨を集めて精霊魔法の詠唱を始めていた。
「「今です(わ)!」」
「白き暴風!」
二人の合図と同時にセイクの剣先から白い暴風が歪みに向かって発射され、暴風が収まると人が一人は通れるような穴がぽっかりと開いていた。
「こっちも準備オーケーよ。さ、いきましょ」
シェミルの方も準備ができたようで、小さな骨をポケットに入れると彼女の周りに人魂のような形をした精霊が浮かび上がり、セイクを急かす。
「ああ、行こうか」
新しいフィールドへの隠し通路を発見した高揚感に包まれながら、セイクたちは目の前の歪みの中に足を踏み入れるのであった。