第百八十五話 朧町
松の間と呼ばれたそこは、本来なら何十人という人が入り宴会ができそうなぐらい広く豪華な部屋であった。が、今この部屋にいるのはライトたちと獅子目を含めたわずか五人だけ。それが妙に寂しさを助長させるが、獅子目はそれを吹き飛ばすように巨大な盃に注がれた酒を一息に飲んでから言葉を続けた。
「この街は元は朧町と呼ばれるところで、あたしみたいな人外が多く住んではいたが昔はもう少し街の方にも人間がいたみたいだな」
ちらりと横を見るとトイニは話にあまり興味ないとばかりに、茶碗蒸しを目を輝かせながら食べていた。
「だが、百年近く前。アタシが生まれる前に人間たちと人外たちの間で戦争が起きた」
何となく可能性としては思い浮かんでいた言葉だが、戦争と聞くとどうしても身構えてしまう。
「他の街はともかく、アタシたちは魔物たちとは違って知略もあるし力も、魔力も大抵の人間よりは強いし数だって多かったからね。それでもお互いに結構な死人は出たらしいけれど、結果としてはアタシら人外側の勝ちとして終わったわけさ」
そこまで話したところで、獅子目は何やら遠い過去のようでそれでいて懐かしむ、いや憧れるかのような目をしているのにライトは気づいたが、それよりも気になることがある。
「この街の成り立ちとやらは分かったが、人間が少ないってところに関してちゃんと説明されていないい気がするんだけけれど」
「あー、すまん。ちょっとボーっとしてたわ。人間に関してだが、戦争に負けたんだあいつらのほとんどは下人街で奴隷やってるよ」
奴隷その言葉を聞いてライトは、また少しだけ考えたが原因が百年近く前のこととなると現実味も湧かない上にここで感情的になったところでそれらの問題が解決するわけでもない。
「それなら、俺みたいな人間が外からやってくるのもいい顔されないものなのかね」
「それなら多分問題ないだろ。一応戦争は終わっているんだし、頭の固い爺さん婆さんは憎んでいるかもしれないが、アンタはアタシの知人として噂が回ってるから理不尽な真似はされんだろ」
いつのまにか料理のあらかたをつまみとして食べきっていた獅子目は、おかわりを頼むついでに使用人の持つお盆に大量のとっくりを乗せて追加の酒を頼んでいた。
「へー、この家の豪華さから想像はついていたけれど、やっぱり貴女はかなりの名家の娘なんだね」
「あんまり言うなよ。アタシの家は鬼の中でもとびきりの力を持っていて、先の戦争もその前の戦いでも武勲を上げてこれだけ発展したらしいが、アタシ自身は特に何もしていないさ」
リースの言葉を返しながら、獅子目はまた遠く寂しそうな眼をしていた。
「なあ、今度はアンタの話をしてくれよ。外の世界ではどんな奴がいるんだ? 外の人間ってみんなあんたみたいに不思議な術使うくらいに強いのか?」
話すことは話したとばかりに、獅子目は前のめりになって聞いてくる。話の流れで察していたが獅子目はこの朧町から出た経験が無いようで、ライトとリースの話の一つ一つをもの珍しく、興味津々とばかりに聞いていた。
後半からは獅子目も気分よく酔ってきたのか、街の至る所で喧嘩した記録を武勇伝のように語りだしその宴会にライトは深夜まで付き合わされるのであった。