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第百八十三話 鬼の喧嘩

 周りの人影に耳を傾ければ、“ニンゲンがどのくらい持つのか”を賭けの対象に随分と盛り上がっているようである。ライトが勝つ方に賭けているのは、既に大分酔っぱらって大穴狙いにしているような物好き以外にはいない。


「そら、最初の一撃はそっちからこいよ。そのくらいはハンデでつけてやる」

「それじゃあ遠慮なく!」


 手招きする鬼に接近したライトは、右の踵を押し付けるように相手の脇腹に突き刺す。前に飛びながら放ったその蹴りは普通の相手であれば、ダメージはともかく体勢を崩すくらいはできる勢いはある。


「……は? 蚊でも刺したか」

(分かってはいたけど硬いな)


 ライトの足裏に返ってきたのはまるで巨大な岩でも蹴ったかのような感触、それにたがわず鬼の両脚はびくともせずそれどころかあまりの威力にあきれ返ったような表情でこちらを見ていた。


(なんだよ、たまたま見つけただけのやつか。多分術氏とかなんだろうし、適当に殴って終わらすか)


彼女、獅子目響凱ししめきょうがいは鬼である。それも同属の中でも選りすぐりの力を持って生まれた存在であった。彼女に腕っぷしでかなうのはこの人外だらけの街でもそうそういない、喧嘩は好きだがこのあたりの知り合いとは既に何度も拳を合わせたことがあり最近は飽きていたぐらいである。だが、今日はいい気分で酔っていたところに知らないニンゲンが現れた。

 行きつけの飲み屋で聞いた話では、外にはかなりの数のニンゲンがいて普通は弱いニンゲンのくせに鬼と戦えるくらいに強い存在がいるらしい。だからこそこの街に現れたライトに期待していたのだが、全体重を乗せたであろう一撃はそこらのごろつきの方がよっぽど強いぐらいであった。


「よっ……!?」


 獅子目が無造作に振った拳でさえ、普通の相手なら避けることも防御も許さないほどの速度と破壊力を持っており、当たればそれだけで勝負がつくと獅子目は経験から感じていた。が、彼女の拳は空を切り、小さな痛みと共に目の前が一瞬暗転する。

 目のあたりに数発の拳を打ち込まれたと理解し、目を開けた時にはライトの姿は既に開始位置よりも遠い場所になっていた。


(今の速さは……殴ってからあんなところまで移動したっていうのか? その割には()()を使った素振りもねぇ)


 この街ではアーツのことを闘技と呼び、獅子目もアーツを使った喧嘩や戦闘をこなしたことは何度もある。だが、今のライトの一撃にはアーツを使った時に感じる特有の気配が感じられない。それすなわちアーツなしでこれだけのことを為したというわけだ。


(なんだよ、やっぱり強ぇじゃねぇか)


 獅子目は殴られながらも、頬が緩んでいた。いくら自分が手を出しても相手はその拳も蹴りも完全に見切り反撃を的確に入れてくる。ダメージが大きいわけではないが、喧嘩をしてきた経験からこのままでは攻撃が当てられる気がしないというのは薄々感じていた。


「なあアンタ、名前は?」


 打撃の後に自分の拳が届かない位置まで退避したライトに獅子目はそんな声をかけた。またこちらに飛び込んでこようとするライトだったが、その言葉に反応して足を止める。


「ライト、それが俺の名前だ」

「いい名前だな」

「急にどうした? 止めるっていうならこっちとしても楽なんだが……」

「馬鹿言うなよ。ここからが本気になれるってところなんだからな」


 そこまで言って獅子目はニヤリと笑い、手にした瓢箪をそこらにいた野次馬の一人に投げ渡す。「もっとけ、こぼすなよ」とだけ言い放った彼女は、足を肩幅に開くと長く息を吐きながら構えを取った。


「私の名は獅子目響凱ししめきょうがい、鬼族のはぐれものさ。本気を出すなら名乗っとかないとな!!!」


 本気という宣言通り、獅子目から放たれる気迫は一気に膨れ上がりそれを見た野次馬も先ほどまでの盛り上がりよりも、これから起こることに怯えるように散っていく。


(これはもう少し気合入れてアーツ使わないとまずそうだな)


 今のライトは集中コンストレイションしか使っておらず分身等のアーツやスキルもほぼ使っていない。ただの力自慢程度ならこれで十分だろうという判断だったが、いまの獅子目から感じる気配は、集中コンストレイションだけでさばききれるような代物ではないと直感が告げる。


「さあ、いくぜ」


 獅子目の言葉にライトは構えを取ることで答える。獅子目の気配がまた一段と膨れ上がり、次の瞬間にでも飛びかかってこようとした瞬間。


「そこまで! 双方拳を収めよ!」


 二人の間に鋭い声が挟まり、意識はその声がした方へ向けられるのであった。


 


 

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