第百八十ニ話 鬼
ライトがこのような気配を感じたのは過去に二回ある。一度目は精霊の里、二度目は忍者の里に入ったときである。何かを隠すため、その場所を見た目でも隠し同時に意識を向けられないようにする結界。ミユやトイニのように魔力の流れに鋭敏でなければ気づくこともできないようなものであるが、一度気づいてしまえば侵入はそこまで難しいものではない。
そもそもこういった結界は、その結界に気づくことができる存在を迎え入れるということを目的にしていることも多い。忍者の里の例では、それを見破れるほどの実力をもった優秀な存在をスカウトするためということをジフから聞いていたことをライトは思い出していた。
「ビンゴ、とりあえず罠じゃなくて良かったな」
「わー、綺麗な街」
「随分活気があるね、もともと居た街は小奇麗な割にあんまり人はいなかったし」
リースが話す通り、ライトら最前線のプレイヤーが今拠点としている街は温泉街のような雰囲気をしており、出てくる料理も和食ということもありプレイヤー達は盛り上がっている。しかし、他の街と違い各店で受付をするNPCこそいるものの、それ以外のNPCが極端に少ないという特徴があった。
ライトはあまり気にしてはいないものの、各街にはその世界で暮らしている農民や騎士といった世界観を広げるための役割を持つようなNPCが数多くいるのだ。しかし、それらのNPCの数がこの第七の街であるノイフにはほとんどいない。店にいるようなNPCに話を聞いてみても、はぐらかされるばかりでなぜここに他のNPCがいないのかについてはいまのところ分からないというのが現実であった。
「おやぁ? こんなところにニンゲンがいるなんて珍しいな」
しかし、この隠されていた街はあたりを見渡すだけで数多くのNPCが歩いているのが見受けられる。オレンジ色の灯りを燈した提灯が連なる建物にかけられ、まるで大規模なお祭りをしているかのようである。
ただ一つ、気がかりなことがあると言えばあたりにいるNPCは皆人型をしているようで、その耳先が尖っていたり肌の色が紫であったりと人外であることを主張していた。
そんな人外たちがの中でも、いまライトに話しかけてきたのは二メートルは最低でもありそうな大柄な女。その額には一対の角が生えており、脳内には鬼の文字が浮かんでくるぐらいには立派なものであった。
「どうやらあんたは街のニンゲンじゃないみたいだし、外から来たんかね?」
片手に顔より大きな瓢箪を抱え、酔っているのか顔を赤くしたまその鬼はライトのことを観察するように眺める。
「外からっていうのが何を指しているのかはよく分からないが、ノイフから来たわけじゃないって答えでいいですかね」
「上等上等、そりゃ街のニンゲンならこんなところにいるわけないし愚問だったかな」
「今度はこっちから聞きたいんだが、この街に人間の姿が見えないのとノイフに人がいないのって関係あるのか?」
ライトが軽く質問したその時、妙な視線を感じ周りを見てみるとひそひそと噂するようにこちらを見ている人影がいた。それも一人二人ではなく、わざわざ立ち止まって見ている者が何人もいるくらいである。
「ふむ、普通に答えてもいいんだが……ここは勝負といこうじゃないか。お前らが勝ったら詳しい事情に街案内もつけて説明してやるよ」
ニヤリとその鬼は笑うと、ライトに向けて半身になりながら手招きをする。あたりの人影もこのこれに期待していたからこそ集まっているのだろう。断れる雰囲気でもなく、ため息を一つついてから、
「いい宿屋の紹介も期待させてもらうよ」
「へっ、上等」
鬼に向けて構えをとるのであった。