第百八十一話 歪み
メモリートレードによる影響は大きかった。一度どは攻略を諦めたプレイヤーも、強力な武器に新しい戦法を得られるとなればやる気が出るのも当然なのかもしれない。事実、魔法系のプレイヤーが戦士職になったとたん一気に実力を伸ばしたという例も掲示板では話題になった。
ただ、それらの行為にも記憶という不可逆なアイテムを消費する必要がある。当然自分の記憶だけでまかないきれなくなるプレイヤーも多く、それらがPK行為に手を染めるという事態が少なからず発生しているのだ。
「クソ……ッ」
誰もいない部屋の中で、ヴィールは一人で大量の資料に目を通しながら小さく呟いていた。メモリートレードの苛烈さを受けて、攻略組では記憶の販売を停止。これまでは他人の記憶を買ったとしても、特にメリットがなかったのだが、記憶が消耗品となった今は停止せざるを得なかった。
それどころか、記憶を使ってまで戦おうとするやる気がある者はまだいい。問題は、のんびりとはいえ戦っていた者たちの中にはPKの被害に合い引きこもるように無気力になったものも多い。これらのプレイヤーが納品してくれた素材なども攻略組の貴重な資源であるのにも関わらず、その数は大幅に減っている。
プレイヤーのなかで攻略に積極的な割合が増えているように見えて、その実、記憶という大きく増えることのない資源を食いつぶしながら勢いを増しているにすぎないのだ。
確実にAWOの世界が変わっていき、その余波は少ないながらも確実にトップを走るプレイヤーたちの間にも影響を与えていた。
「切通・螺極」
濃霧で視界の悪いなか、骸骨に鎧を着ているようなモンスターが槍を突き出してたのを寸前で避けながらカウンター気味の貫手が骸骨の胸を貫通し光となって消えた。
「そっちも終わった?」
「ああ、何とかな」
「さすがにここまで来ると強いね。結構MP使っちゃったよ」
「もー、早く帰ろうよー。」
ライトが骸骨兵士との戦闘をしていた一方で、エンカウントした骸骨兵士のうちの二体をまかせていたリースたちの方も戦闘が終わったようである。ミユと分身の一人が前衛を務めれば、最前線のフィールドであるここも安定して戦闘もこなせるようである。
戦闘に関しては安定しているのだが、その補給に関しては揺らいでいた。記憶が消耗品になりはしたが、その価値はすべてのプレイヤーで一律ではない。とある記憶は素材としても、交換用としても高い価値を持つ一方で、とある記憶はそれに大きく劣るということがままあった。
どんな記憶が高い価値を持つかについては、今のところ実際に使ってみるまで断定できないというのが実状なのだが、記憶を使うプレイヤーたちはとある仮説を立てていた。それは、高い力を持つプレイヤーの記憶は高い価値を持つというものである。その結果、攻略組などの高い実力を持つプレイヤーが襲撃に合うケースも増えているのである。その結果、攻略組の運営も鈍り様々なアイテムの流通にも影響が出ているのだ。特に帰還石は定期的に採取に出ていることもあり、その瞬間を狙い撃ちされて記憶を奪われたという事件も起こった。今では攻略組の上位層が護衛に出て採取に出ているのだが、上位層はフィールドの攻略にも出ており結果として帰還石の採取は以前よりかなり減り流通量も減少していた。
「早く帰ろうっていってもなぁ、帰還石は今持ってないから戻るなら歩きだな」
「え~! このあたりは日も当たらないから調子でないのに」
「仕方ないだろ、そこまで必須でもない俺が枠を圧迫するのも悪いしな」
ライトからすれば帰還石はあまり必要なものではない。もともと大量に荷物を持ちすぎると速度にペナルティがかかる使用上、あまり荷物は増やしたくはない。その上、本気を出したライトが逃げれないモンスターがいるとは考えられないということもあり手持ちの帰還石は売ってしまっていたのだ。
「も~なんで売っちゃったのさ!」
「まあまあ、その帰還石を売ったGでスペシャルジャンボあんみつパフェ食べてたじゃない」
「普段の数倍で売れたからな。そんなにキツイなら早めに戻っていてもいいぞ?」
トイニは日光に当たっていないと全力が出ないということもあり、霧の濃いこのフィールドでは本調子ではないので早めに精霊の里に戻ってもいいと提案したのだが、
「あれ? 帰還の呪文が発動しない……?」
「やっぱりね、この霧が原因みたいだよ」
「ご主人様この濃霧には転移系の力を阻害する力があるようです」
「結果としては帰還石があっても変わらなかったみたいだね」
「そんな……」
細く尖った耳の先がを淡い緑に光らせながら何を探っていたミユが話す通り、辺りに広がる霧が何やら転移を阻害しているようでライトの瞬身もうまく発動できなかった。その結果を聞いてがっくりと肩を落とすトイニ。
そろそろ日も沈み出してくる時間であり、帰還に向けて動かなければいけないという時期なのだがその目途が立っていない。
「せめて安全地帯あたりで一休みしたいところだが……この辺は妙に安全地帯が見当たらないんだよなぁ」
せめてフィールド内にあるモンスターが出ない安全地帯で一休みでもしながらこれからの事について作戦会議でもしたいところだが、かなりの距離を散策していたのだが不自然なまでに安全地帯が見当たらなかった。
「ご主人様、このあたりに妙な反応があります」
せめて帰路につこうと動いていると、先ほどから長らく散策用の魔法を使っていたミユがある方向を指さす。そこには濃霧の先に枯れ木が二本立っている場所の間であった。見ためでは何かがるようには見えないその場所。
「言わんと分からなかったが……こいつは」
ライトも魔力視を使いその出力を上げるとその空間には妙な流れがあり、恐る恐る手を出してみると手の先が空間に消えた。その感覚を受けて、ライトはニヤリと笑みを浮かべるとその空間に一歩を踏み出すのであった。