第百八十話 記憶と代償
「なあ、あいつはその内完全に神の従者としての力……能力が使えなくなるのか?」
ライトは旅館に戻るまでの道すがら、無言で歩くのも楽しいのだが、先ほどの会話で気になったことを聞いてみた。
「ん? 今のままならそれはないかな」
「神の力の供給が無くなれば使えなくなるんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど、私たち神が従者を作るときは、神の力を定期的に分け与えなくてはならないってことになっているんだ。その量については自由だけどね」
「なるほどね」
その説明で納得がいった。今のロズウェルが使える神であるオネイロスは、彼に与える神の力すらカットして自身の力を高めているのだろう。しかし、それでも完全にゼロにすることはできないという誓約がある以上、僅かながらに神の力が供給されるので、しばらく待てば能力も再使用ができるというわけだ。
「ただ、それにも例外はあるよ」
横に歩いていたリースが早足になると、ライトの少し前に出てから振り返る。
「例えば、神が討たれた時なんてのは分かりやすいよね」
「!」
その可能性については、ロズウェルとリースの話を聞いている間に頭に浮かんでいたが無意識にそれ以上考えないようにしていた。だが、今の言葉で嫌でも想像してしまう。もし、リースが討たれるようなことについて……。
「そんな顔するなよ、守ってくれるんだろ。ほら、大丈夫かい」
そんな想像をしただけで気が遠くなってしまったのか、くらりと立ち眩みのようにライトの足から力が抜ける。流石に膝をつく前に踏みとどまりはしたが、顔を上げると心配そうにリースが手を差し出していた。
「あ、ああ。もちろん! この命に代えても守るさ! だって、俺はリースの従者なんだからな」
ライトはその手を勢いよく両手で握り宣言していた。まるで縋るような、谷中光一という存在をもう一度言い聞かせるような言葉。
一瞬、いきなり手を包み込むように握られたことに驚いたのか顔を赤くしたリースだったが、すぐにいつもの余裕を持たせた笑みを作ると、
「……ふふっ、期待しているよ」
そう言ってライトの手を引いて帰り道をのんびり歩くのであった。
この日を境に、PKギルドによるプレイヤーが襲われる被害は減った。PKギルドとしては最大規模であった管理教団が事実的に解散し、その勢力を大幅に落としたからである。
そう、PKギルドによるPKは確実に減った。
「ヴィール、カンフでもメモリー目当てのキルが増えてルって知らせがきてるヨ」
「分かってる……」
今現在では最新の街である第七の街、エルド。ロズウェルが去ったあの日から十日ほどが経ち、攻略組がエルドにもギルドを構えた頃に事件は起きた。
その事件とは、あの黒いフードの人影が話したメモリートレードに大きくかかわるものだった。最初にその事に気が付いたのは掲示板にいるとあるプレイヤーだった。
『あれ、記憶アイテム持ってる時だけ一部の店で凄い武器買えるんだが』
この一言と共にそのプレイヤーが購入したという武器の画像が添付されていたのだが、その性能は購入したという第四の街のレベルをはるかに超えていた。最初こそガセネタのように扱われていたが、何人ものプレイヤーがそれがある事を確認すると、爆発的にこの話は広まっていった。
ここだけ聞けば、プレイヤーの攻略が有利になるだけの新要素である。だが、問題はここからであった。
記憶というアイテムは、プレイヤーが死亡した際に確定でドロップするアイテムであり、一度倒されたモンスターを倒すとドロップし記憶を入手することのできるというアイテムである。攻略組では誰のか分からない記憶でも、攻略組がモンスターから入手したときは適切な価格で販売していた。これにより、すこしでも記憶を大量に失ってしまうプレイヤーを減らそうという働きがあった。
掲示板のプレイヤーも自分の記憶を何とか買い戻し、宿屋で使おうと思っていたところで、この要素に気づいたとのことである。
『でも、こんな高性能なやつハチャメチャに高いんじゃないか?』
『それが、Gじゃなくて記憶アイテムそのものとのトレードしか受け付けてくれなかったんだよ』
そう、この武器屋で武器を購入するには他のアイテムのように通貨でもなく、何らかのクエストをクリアするのでもなく、記憶そのものとのトレードでしか得られないというのだ。
この時点で勘がいいプレイヤーはこれから起こることに気が付いていたが、
『防具でも同じことができた!』
『作成でも記憶を混ぜると今までよりかなりハネ上がりやがるぞ!』
『戦士のスキル教えてくれたところで使うとスキルの振り直しもいける』
『マジかよ! ステも振り直しいけるじゃん!』
これらの波を止めることはできなかった。
プレイヤーにおいてあまりにも有利なことが続々と出だし、その代償は記憶を永遠に失われること。それでも目の前の利益に目がくらんだプレイヤーは多く、PKギルドではないのにも関わらずPKに手を染めるプレイヤーが増えだしているのだ。