第百七十九話 月明り
「……やっぱり、そういうことなんだね」
リースの言葉を聞いて、ため息をつきながらロズウェルは大げさなジェスチャーと共にそんなことを話す。それは、まさに空元気とばかりの態度だったがライトはそれを指摘することは出来なかった。神が従者の能力を一方的にどうこうできるという点については特に驚くことではない。
(もし、俺が無様に負けていたら。いや、役立たずと見限られたら……)
ありえたかもしれない未来を想像し、ライトの背筋に悪寒が走る。そんな想像をして固まっている彼を見て、リースはロズウェルへの言葉を続ける。
「それで、何となくキミへの神の力の供給がほぼ無くなっているのは分かるけど、オネイロスは今どこで何をしているのか、答えてもらおうか」
「あの神なら裏世界と言っていたかな? 本当だと邪神が居たっていう場所を改造したところで生活しているはずだね」
「今から行くことはできないのかい?」
「無理だね。普段は呼ばれていきなりあの空間に連れられるだけだし、他の指示も決められた時間に念話で報告するぐらいな上に、最近はその連絡すらもこないんだ」
そこまでロズウェルの言葉を聞いたところで、リースは横にいるライトの脇腹を肘でつつくとようやく彼は固まった状態から動き出した。
「ほら、ここまで聞いたところで結構いろんなことが分かったじゃないか。何となく想像つくかい?」
「うーん、今のところそこまで凄い情報があるようには聞こえなかったな」
「まあこれを想像だけで当てるのは難しかったかもね。正解は“オネイロスの本体はこのゲームのどこかにいる”さ」
「「なっ!?」」
ライトはともかく、直属の従者のはずのロズウェルですらも驚愕の声を上げた。
「ここまで大きな世界を作り干渉するのは並大抵のことじゃない。おそらくオネイロスはこのゲームに元々いたラスボスあたりにでもなり替わっていることで、その存在を安定させているんだと思う。だからこそ、人間界にいながらもここまでの力を蓄えていることができるんだろうね」
「それなら、今すぐにでもこの世界まるごと滅ぼして終わりじゃないのか?」
ライトが口をはさむと、ロズウェルも同じような疑問を持っていたようで二人は一度目線を合わせるとリースに返答を求めるように視線を移す。
「それはまだ難しいだろうね。まだまだこの世界に捉えたプレイヤーは減ってはいるけどエネルギーがまだある。ギリギリまで奴はエネルギー搾り取る気さ」
「つまり、プレイヤー全員のエネルギーが無くなったら真のゲームオーバーってことか」
「そゆこと」
「記憶云々に関せてはガセってことかい?」
「もちろんそのタイムリミットもあるだろうけど、それよりも奴がこの世界からエネルギーを吸い尽くして世界を壊す方が先だろうね」
今のプレイヤーの中には『こんな記憶を失わされたところで死ぬのはありえない、もっとゆっくり攻略するべきだ』というスタンスの者も多い。ある程度生活が安定してしまった弊害か、以前のよう積極的な攻略をせずに暮らすプレイヤーの数が増え、攻略組ですら攻略ペースが鈍化しているということをヴィールがぼやいていたのがライトの脳裏に思い出された。
「まあ、あまり無気力になられても魂の純度が下がるから、この世界に干渉して色々やっているんだろうけどね」
リースが話しているのは、メモリートレードやポータル防衛のイベントのことだろう。世界に干渉するのはかなりの力を使うらしいが、その後に得られる神の力の増加を考えると得をするのだろう。
「まさかあの空間がAWO内にあるなんてね。今思えば、あの空間でもボクの姿はこのままだったし、そこで気が付くべきだったのかな」
目線を遠くに移しながら話すロズウェルは、その時の事を思い返しているようだ。
「随分脱線したけど、今度はこっちから質問いいかな? 割とオネイロスのことはかなり答えたし一つのくらい許して欲しいんだけど」
ロズウェルがライトにアイコンタクトで許可を求める。ライトとしてはそれでもまだ却下したいのだが、リースから念話で『少しくらいいいじゃないか、何かあったら守ってくれるだろ』と言われたら黙るしかなかった。
「ボクの世界設定の力なんだけど、知っての通りかなり出力が落ちていてね。それにそもそも起動が難しくなっている気がするんだけど。さっきの見捨てられているようなものってのに関係しているのかい?」
「ほぼ正解といったところだね。神の従者に与えられる特別な能力、能力と呼ばれることが多いそれは神の力で起動し従者の魔力や気で動くことが多い」
そこまで聞いたところで、二人はほぼ同時に気が付いた。
「あまり気にしていないだろうけど、神は従者に微量のの神の力を渡しているんだ。そのごく微量の供給すらもゼロに近くなってしまえば能力も起動しない。ただ、そのトランプには神の力が染みついているからまだある程度は使えるだろうけどね」
ロズウェルは今まで言語化できなかった違和感が形になったことで、整理がついたようだがそれでも動揺はまだ収まっていないようで顔を俯かせたまま肩は僅かに震えていた。
「……ありがとう、とりあえず知りたかったことは聞けたよ」
「これからどうするんだ」
「さあね。でも、この世界が好きなのはホントさ、ここまでで取り残されていたイベントでもゆっくり見て回ろうかな。慕ってくれる仲間もいることだしね」
小さくため息をついたロズウェルは、振り返り背中を向けたままそう答えると、スキルでも使ったのかその場から高速で消えた。ライトなら追いつくだろうが、
「さ、帰ろうか。月が綺麗だし散歩でもしながら戻ろうよ」
「ああ」
月明りを背に話すリースの言葉を聞くと、『Rozwellからフレンド通知が届きました』のメッセージも耳に入らず二人で夜の散歩を楽しむのであった。