第百七十八話 返却
(あの人、か)
ライトはリュナの後ろを歩きながら先ほどの彼女の言葉を反芻していた。あまり多くを語らない彼女だが、その声色は複雑で緊張している様子が伝わってくる。
ソロばかりであったリュナだが、最近はロロナやリンたちとの交流も増えており、一時期の危うさは既に影を潜めている。そんな彼女がまるで何かに恐怖しているかのような面持ちで話す相手となれば、
「やあ、久しぶりだね。あの日以来じゃないか」
管理教団の長、ロズウェルぐらいのものだろう。
「今度こそ戦いにでも来たのか」
ロズウェルの前に半身になって、体で隠した方の手の指を鳴らしながらライトは口を開いた。体調に関しては過剰集中をついさっき使ったのが気がかりだが、今のところ頭痛もない。これならまだ闘いにはなるはずだと警戒を強めたところで、違和感に気づいた。
「そんに殺気立たないで欲しいな。今日は交渉に来たんだからさ」
「交渉だと?」
ロズウェルから立ち上る魔力。いや、神の従者としての気配とも言おうか、それが前にあったその時よりも幾分か弱くなっているのだ。
「とりあえず二人で話したいからそっちは帰ってもらおうかな。これは彼に渡しとくからさ」
「……そんなこと」
「別に信じなくてもいいけど、それならこれは処分するだけだけど。この距離なら君らでも間に合わないだろうし」
「……分かった。ライト、気を付けてよね」
ロズウェルが懐から取り出したのは記憶が封印されているはずのアイテム。アイテムの破棄はたった一度ボタンを押すだけで完了する。人妖合身や世界改変を取り込んだ時のライトならともかく、今のライトではこの距離でロズウェルが破棄を完了するよりも早くそれを奪い取るのは不可能である。
それが分かっているからこそ、リュナもあっさりと引き下がり、ライトは何も言わず立ち去るリュナに頷きを返すことしかしなかったのだ。
「さて、と。これで邪魔者は消えたし本題に入ろうか」
「交渉とか言っていたが俺がそれを簡単に了承するとは限らんぞ」
「単刀直入に言おう、『ボクの残りのトランプを返してほしい』それと『キミの神に質問させてほしい』」
「それで首を縦に振ると思ってるのか」
それまで構えを解いていたライトがロズウェルを睨み、ほんの少し重心の位置をズラす。次の一手で一気に最高速で攻めることを可能にしたという合図であり、その眼光は次の言葉次第で一切の容赦なく戦闘に移ると表明しているようであった。
その圧は、いつも爽やかな笑みを浮かべていることの多いロズウェルの頬を引きつらせ一筋の汗を伝わせるほどであった。
「少なくとも前者に関しては了承してくれると思っているさ。こいつは、彼女の残りの記憶さ、キミがトランプを返してくれればこれは渡そう。期待を裏切るような男じゃないだろ、キミは」
ライトの目の前ウィンドウが現れ『Rozwellからトレードの招待が来ました』のメッセージと共に、こちらもアイテムを出すか拒否するように求められる。確かにロズウェルが出しているアイテムはリュナの記憶で間違いないようで、少し考えたのちにアイテムボックスから何枚かのトランプを出すとトレードに出す。
「流石、これで最低限の目的は果たせたかな」
「もう一方の方は受けんぞ、お前が何をしたか思い出せないとでも思っているのか」
ライトからすれば、今この場で襲い掛かっていないだけまだ冷静な方である。もう用は済んだとばかりに立ち去ろうとし、ロズウェルもこれ以上は不味いと感じたのか小さくため息をついたその時。
「こういう時は交渉を受け入れるか否かだけじゃなくて、こちらからも何か要求するべきさ。だってこちらが圧倒的に有利なんだから」
ライトの後ろから浴衣姿のリースが現れた。
「リース……いいのか」
「何かあったらまた何とかしてくれるだろ?」
気配が弱まっているとはいえ、今のプレイヤーでも最危険人物の前にリースを呼び出したくはなかったがそう言われるとライトは弱い。
「これはチャンスさ、直接この現象を起こした神についての事。ひいてはこの世界のことについてだって聞けるチャンスじゃないか。ロズウェルとやらも何か聞きたいことがあるんだろ、それならこのぐらい答えてくれるだろ?」
「そうなのか? 一応敵の神の従者なんだから口をつぐんだらそれまでだと思うんだけど」
ライトからすれば、自分の仕える神が不利になるような事はまず話す気はないし、ロズウェルもそれは同じだと思っていた。だが、
「いや、それは少し違うよ。だって彼、もう神から見放されてるようなものだからね」
リースの言葉は想像もしていないことだった。