第百七十六話 卓球
(そろそろ戻るか)
火照った体を冷ますため、少しばかり外に出ていたライトだが、いい加減湯冷めしそうになったので旅館の方に戻ると部屋に戻る途中に人だかりができていた。
「おっ、ライト。お前もやろうぜ」
「湯作りとかいうこの辺で伝わる遊びだってよ」
温泉の横、確かこの旅館に来たばかりの頃は封鎖されていた区画のはずだが、今は小さなゲームコーナーのようになっているようで、奥の方には卓球台がありピンポン玉を弾く音が小さく聞こえてくる。
セイクとケンの二人がやっていたのは、いくつか並べられた桶に張られた湯に手を入れて、魔力の操作でお題の形を作るというものらしい。詳しい説明を見ると、このあたりの湯は魔力を通しやすい成分が溶け込んでいるらしく、子供の遊びから魔法を扱う者の修行まで幅広く行われているものだという。
「どれどれ……こんなもんか?」
「うおっ!?」
「マジか! いきなり上級でこれかよ俺なんて二十分ぐらいかけてこれだぜ」
ライトが桶に右手を入れ、魔力を流してみると確かに普段は空気中にあっという間に霧散してしまうはずの魔力が、湯の中に閉じ込められるような感覚と共に、スライムのごとく自由に動く。自身操作使えばあっという間に、今泊まっている旅館の外見を簡単に再現した模型ができた。
しばらく粘っていたというのに、直線を引くのすらプルプルと震えているケンはがっくりと肩を落とし、ライトの技巧を見ならがらやっていたセイクは手元の湯が爆散し、風呂上りというのに顔を濡らしていた。
「なんかコツとかないのかよ」
「ケンはかなり純粋なタンク役だし、なかなか難しいんじゃないか? 俺は一応魔力を使う職だからな」
「そういうもんかねぇ……」
手拭いで濡れた手を拭きながら話すライト、さらに奥の方に行こうと歩みを進める直前。
「なあセイク、多分お前もこっちの方の湯でやった方がやりやすいと思うぞ」
「え?」
上級コースと書かれた湯桶の一角を指さしてから去るのであった。
とりあえずざっと周りを見ようと奥の方を覗くと、ピンポン台を挟んでリン、リュナ、ロロナ、フェニックスの四人が卓球を楽しんでいた。かなりハイスピードなラリーが続いていたが、ライトに気づいたロロナがこちらに視線を移した一瞬の隙を突かれて彼女の横をオレンジ色の玉が横をすり抜ける。
「モー、ライトのせいで負けちゃったじゃないカ!」
「それがなくてもジリ貧であった気がしますが……」
「……やった、勝った」
「ライトがこういうところ来るの珍しいじゃない。セイクたちなら手前の方で遊んでるわよ」
「……湯作りのことならもうクリアしちまったからな、ちょっと覗いてみただけだ」
彼女らの顔を見た瞬間、ライトの脳裏に先ほどの映像がフラッシュバックし口ごもってしまうが、強引にその記憶を封じてなんとか冷静をとりつくろう。
「こいつは?」
「ああ、それね。ある程度まではいけるみたいだけど、レベル六十あたりから卓球スキルがないと無理そう」
「今がこんな状況でなければ、良いやりこみ要素だったのでしょうね」
話題を変えようと、ライトはさらに奥にあった人形を指さす。それは卓球のラケットを片手に握った格好で片方の台の前で立ち止まっていた。どうやら小銭を入れてミニゲームができるタイプの人形らしい。
「ライトもやってみようヨ。ちなみに私は六十三までいったからネ!」
「……私は六十四」
「勝った気になっテもらっちゃ困るヨ、もう一度やったら超えるからネ!」
ロロナに勧められるまま、ライトはラケットを握らされて台を挟んで人形の前に立たされた。
ライトがしぶしぶ小銭を入れると、いきなり人形がピンポン玉を打ってくる。どうやら普通にラリーを続けるミニゲームのようである。
「結構余裕あるな」
「最初わね、四十あたりから回転かけてくるのがきついのよ」
「どうやら、ある程度レベルに差があると回転がかかった球を返せるタイミングがどんどん減っていくみたいですわね」
フェニックスが解説したように、ラリーを続けているとどんどん人形の頭上に表示されたレベルが上昇していき、それが四十を超えたあたりからピンポン玉に多くの回転がかかるようになりだす。流石に本物の卓球のように音や目視、経験で回転方向を判断しろというわけではないようで、玉がネットを超えてこちら側に来ると、うっすらと玉の表面に発光する矢印が表示される。
この矢印にそって打てばラリーが続けられるのはゲーム的であり、経験のないライトでもラリーを続けることができた。それでも、人形のレベルが上がるにつれて、左右に打ち分けてくるのはもちろん、補助をしてくれる矢印が表示される時間がどんどん短くなっていく。
「あれ、もう六十二?」
「割と余裕そうですわね」
「あちゃ~抜かれちゃったネ」
「……あなたもね」
集中と持ち前のスピードのおかげでここまではこれたが、リンが言う通りかなり補助の矢印が表示される時間が短く、的確な判断をする暇もない。
(そろそろ使うか)
通常であれば、矢印表示の時間を増やすなどプレイヤーに有利になる要素が増えるのが卓球などの娯楽スキルと呼ばれるものであり、何度もプレイすることでレベルを上げて、やりこんでいくのが正攻法である。
だが、あくまでこういったミニゲームによるスキルはあくまで補助。判断する時間がないのなら増やせばいい。
(過剰集中)
ライトは過剰集中を発動して、強引に判断する時間を作る。
「嘘……」
「ま、こんなもんだな」
洗脳から解放されてから、初めて長めに過剰集中を発動したが、頭痛はほとんどない。
「それじゃ、俺はここで失礼しようかな」
「待って」
人形の上に「Congratulation」の文字が表示されたのを見て、ライトが帰ろうとしたところリンに呼び止められた。
「ねえ、もう少し付き合ってよ」