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第百七十五話 温泉

「ねえ、どう思う? あれのこと」

「あ、ああ。どうなんだろうな」


 黒いフードの人影が消えてからも、その衝撃でポカンと口を開けていたセイクだったが、隣にいたリンの声を聞いてようやく現実に引き戻された。

 この世界をデスゲーム化した元凶、つまりこのゲームのシステムに介入できる存在と考えてもいいだろう。ポータル防衛イベントの時のようにまた何かプレイヤーを苦しめるようなイベントが始まったのかと思ったが、特に辺りでモンスターが大量に湧いたといった騒ぎは聞こえない。


「とりあえず今は戻ろう、ヴィールさんやライトなんかとも話さないと」

「それもそうですわね。わたくしたちがここで話していてもあまり事が動く気はしませんわ」

「さんせー、仮にイベント戦が始まるなら戻って補給しないとだしね」

「俺も同意見だな」

「決まりね」


 夜明け(アマネラセ)を含む、攻略組と呼ばれるトップグループですらこの時点で新機能が引き起こそうとする事態について想像できた者はほとんどいなかった。


「おっ、あれライトじゃないか?」

「ホントだ、あいつも終わったみたいね」

「今日で運び(キャリー)のノルマ終わるみたいだから、早めに戻って来たのかもね」


 旅館前、ケンが遠目に見つけた人影はライトのものであった。洗脳から助けてもらった礼として、一定の数の運び(キャリー)を科していた彼のノルマは今日中には終わると言っていたので、丁度戻る時間が被ったのだろう。そうではなくとも、あの黒いフードの人影のこともあるので、拠点に戻るのは自然なことだろう。

 ずっと動いている印象のあるライトとこんな時間に会うのは珍しい、それどころか横にいる男に絡まれているようだが、そんな姿を見ることなんて初めてなぐらいである。


「なあ大将、血相変えてどうしたんだよ。確かにあのフードのやつにの言葉は気になるが、今どうこうできる問題じゃねぇだろ」

「……ま、それもそうだな」


 未だに何か胸の奥につっかえているような表情をするライトだが、ため息を一つつくと険しい顔をしていた表情から力を抜いた。


「おっ、あんたらがあの夜明け(アマネラセ)か。流石最新の街、こんな最上位パーティーもゴロゴロいるんだな。俺はジェイン、さっきまでこの大将に運び(キャリー)してもらってたんだ」

「お、おう。よろしく」

「ほれ、早くいこうぜ大将。この街には日本酒があるんだろ、案内頼むぜ」


 ジェインは簡単に挨拶をすると、さっさとライトを急かして宿屋の方に向かって歩き出してしまう。それを見ていると、あの黒いフードの人影について深く考えているのがなんだか馬鹿らしくなるような気すらしてくる。







「ふーっ、やっぱ風呂といったら温泉だよな。……おっとと、あんまり動くとこぼれそうだ」

「それは同感だがこぼすなよ」


 その夜、風呂を案内させられたライトはジェインと一緒に露天風呂に入っていた。木桶にとっくりを乗せて日本酒を飲むジェインは上機嫌である。


「ってか、よくこの宿屋取る気になったよな。運び(キャリー)もそうだが、トッププレイヤーぐらいの金払いがないと厳しそうだが」

「それなら心配するなって、decided storngestで大穴当てたからな、しばらく金には困らんぜ。もっとも、この温泉と酒の話を聞いたら無理してでも来ていただろうがな」

「お前ならそう言うと思ったよ」


 ライトが露天風呂の岩に体を預けながら、タオルを目にかけてリラックスしていると誰が入ってくる音が聞こえた。


「おっライトか、この時間にいるのは珍しいな」

「こいつに無理やり連れられたもんでな、そろろ出ようかと思ってたところだ」

「そう言うなって、久しぶりに裸の付き合いといこうじゃないか」


 最近のライトは運び(キャリー)のノルマを終わらすために、ほぼ隙間なしにこなしていたせいもあって、かなり遅い時間しか温泉に入る時間もなかったので、セイクたちと温泉に入るというのは実はこの世界に来てからは初めてなのである。 

 

「む、ちょっと待て。何か聞こえるぞ」


 ジェインが酒を飲む手を止めてライトの方にも静かにするようにジェスチャーをする。確かに耳をすませば何やら話し声のようなものが聞こえてくる、それも男の声ではなく女の声だ。


「……フー、やっぱりここノお風呂は最高だネ」

「同感ね……」

(この声、ロロナとリンか。水音からまだ何人かいそうだな)

 

 ここの露天風呂は当然ながら男湯と女湯に仕切りこそあるが、上は開かれており音は通る。たまたまかなりの人数が同じ時間に入浴していたのだろう。



「フェニックス、そっちの石鹼とって。こっちなくなっちゃった」

「これですの?」

「と、トイニちゃん。もっと髪はよく洗わないと……」

「えー、めんどくさーい。そうだ、洗いっこしようよフェディア」

「リース様、どうでしょうか」

「あー、気持ちいいよミユ。ありがとうね」


 そんな楽しそうに話す声を聞いて、ジェインはいそいそとしきりに近づくと手足をかけられるような場所を探し始めた。


「……何してるんだ」

「決まっているだろ、楽園エデンを覗きにさ! こんな薄い壁一枚で見れるなら安いもんさ」

「さすがにそれは……」

「おいおい、本当に男かよ。こんな機会そうそうないぜ」


 そう言いながらジェインは木製の仕切りにできた、僅かなデコボコに手足をかけてゆっくりと登っていく。怪盗のジョブを持ち、道なき道を歩んできただけあって、登攀とうはんの能力も高いのだろう。


『リース』

『はいはい、見えてるよ』


 そんなジェインを見て、ライトは腕を組んだまま念話でリースに呼びかける。ライトの主人であるリースはライトの視界と聴覚に関しては魔力こそ使うが、同意なしに共有することができる。


「ロロナちゃん、もう二歩左。そう、そこでちょうどだよ」

「浸透経!」

「ぬわっ!?」


 リースに指示をされてロロナは、ジェインがいる裏側から壁を叩く。薄い仕切りは容易にその衝撃を素通りさせ、その衝撃でジェインは床に叩き落されてしまう。


「いっつ~。な、何でバレたんだ?」

「そりゃそんな声出してたらバレだろ」


 当たり前だと言わんばかりにセイクとケンの二人も頷く。女湯からの声が聞こえているなら、ジェインの企みの声など聞こえていないわけがない。


「諦めるんだな」

「覗きはさすがにな」

「今度はこっちからも止めるぞ」 


 三人からも否定され、ぐぬぬと悔しそうな表情をしたが急に閃いたような顔をする。


「確かにこっちから覗くのは無理のようだが、それならあっちからこっちを覗きに来てもらえばいい」

「どうやってそんなことするんだよ」

「なーに、ガールズトークに俺が釣られたんだ。ならこっちはボーイズトークであっちを釣るんだ!」


 迫真の声で叫ぶジェインの気迫に押されて、まずケンが口を開く。

 

「そうだな……なあセイク、最近の俺の胸筋はキレてると思わないか」

「あれだけの斧振り回していたら、嫌でも筋トレになるだろうからな」 

「素振りでもめちゃくちゃ少ないとはいえ基礎ステも上昇するんだよな。素振りの後に食事とると、それもステ上昇に関係あるみたいなんだけど、なんかいい食事知ってるか?」

「その辺りは掲示板の方にいかないと情報なさそうだな。にしたって本当に現実の筋トレみたいだな」

「やめろぉ! そんなポージングを見せびらかしながら話すんじゃない! 暑苦しい!」

「お前が始めたんだろうが……」


 筋肉を見せびらかすように話すケンの言葉を遮るようにジェインが叫ぶ。

 ライトはため息をつきながら小さく呟くと、この調子ならジェインの覗きが成功することはないだろうとリースからの念話を切ろうとする。

 

『というわけで、あいつはもう大丈夫そうだから切るぞ』

『了解、じゃあね』


 短い言葉を交わし、念話が切れようかという瞬間。


「ブッ!?」

『あ、間違っちゃった。ごめんねー』


 ライトの眼前に映し出されたのは湯気こそあるものの、一糸まとわぬ状態のミユにトイニ、その奥にはリンやロロナの姿も見える光景。端的にいうところの女湯の風景であった。

 視界共有と念話を切るポイントを間違えたようで、すぐに念話が切れると同時にその光景は消えたがそれでも凄まじい衝撃であった。


「お、おい。大丈夫かよ」

「随分と顔が赤いけどのぼせたか?」

「あ、ああ。ちょっと長風呂しすぎたみたいだから、早めに上がらせてもらう……」


 名残惜しそうに仕切りの壁を見ながら酒を煽るジェインと、のぼせたように耳まで赤いライトの心配をするセイクとケンを背にふらふらとした足取りで脱衣所にの方に向かうのであった。




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