第百七十三話 判断
戦闘時間が一時間を超えようとした頃、オオベンケイの首に二度目の致命エフェクトが舞った。さらに出血の状態異常にもかかったようで、相手の首には赤い雫が滴ったまま止まる様子がない。
出血もあってオオベンケイのHPは削られていき、五割を切ったところで、
「主の力を軽んじていたようだ。ここからは全力でお相手しよう!!」
その言葉と共にいくつかの武器がオオベンケイの周りに浮かび、まるで透明人間が操るかのように動き出した。
(第二形態か、ちょっと出力上げた方がいいな)
最初は集中を分身全てに使うのは控えていたのだが、後方支援に徹していた分身にも激しい攻撃が来るようになり出したので、そうも言ってられない。
(……ッ。まあ、このぐらいなら大丈夫だ)
一瞬、目の奥に痛みが走ったがそれ以降は特に問題もなく集中を全ての分身で起動できた。
オオベンケイも大薙刀ではライトを捉えるのは難しいと判断したのか、背中に大薙刀をしまうと二本の刀に持ち替えて襲い掛かる。ライトからすれば一撃でも当たれば致命傷なので、単純に相手の速度が上がるのは良くないが、それでも高速戦闘に慣れたライトならこんな程度の速度で攻撃に当たることはない。
「ぬあっ!」
宙に浮いた弓から放たれた矢を、ある分身のライトはオオベンケイにギリギリまで引き付けてから避けることで相手に当てさせ、またある分身は刀の一振りの瞬間に過剰集中を発動しながら手を刀の腹に沿わせてオオベンケイに当てるよう誘導していた。
オオベンケイの第二形態は手数が増えたのは確かである。ただ、ライトを捉えられない程度の密度では逆にライトにとって追い風なのだ。
まともにダメージを与えられないライトと違い、自身の高い攻撃力のせいもあってオオベンケイのHPは前半よりも早く削られていく。
「ぬ、あっっっ!!!! これが、ワシの全力じゃぁぁ!!!」
残りのHPはあと一割五分といったところで、オオベンケイが叫ぶと、分身含むすべてのライトが数メートル吹き飛ばされると同時に硬直する。何かあると即座に判断し、地中に逃げたライトも移動させられたことから戦闘開始時と同じくイベント的な力で動きが止められたのだろう。
オオベンケイが担ぐ背中の籠が激しく光ったかと思うと、その後ろの空間に大量の刀や槍、薙刀等の武器が出現した。
「やばいよ! このままじゃこっちも巻き添えになっちゃうよ!」
「カガ、早く帰還石の準備を!」
シラとキサの二人が叫ぶ。オオベンケイの発動しようとしているのは、無差別な範囲攻撃だと今までの経験から判断できる。そして、無差別攻撃は今のカガたちのように、注目度を下げるスキルを使っていても関係なく範囲に巻き込まれていれば攻撃を当てられてしまう。
こういう場合はそのデータを持ち帰り、それを解析して有効なアイテムやスキルを持ったプレイヤーをパーティーに入れて再挑戦するのがセオリーである。
「おう、そろそろ終わるからも少し我慢してくれよ」
「ッ、なぜここに!?」
カガが帰還石をアイテムボックスから実体化したその時。シラの張った結界の前にライトが現れた。
全速力で戻って来た本体は、高速で印を結び最後に地面に手をつき陣を広げると一瞬の光と共に三つの人影が現れる。
「ちょっと話と違うが防御を頼む」
「遅いわよ! 待ちくたびれるところだったわ!」
「まだ時間かかるって言ってたのに、一時間も前から待つからだよ」
「了解、ご主人様」
いきなり呼び出されたミユとトイニは既に詠唱を終えていたようで、目の前に土と風、氷で出来た巨大な三重の壁が出現し、オオベンケイから射出された無数の武器の前に立ち塞がる。第一の風壁が矢等の軽い武器を吹き飛ばし、厚い土壁が勢いを殺し、多少のヒビが入ったそばから再凍結する氷の壁が防ぐ。
「言っとくけど、私はもう魔力ないからね」
肩で息をするトイニは、大きくため息をつくと地面に座り込む。詠唱を破棄する分にも魔力を使ったせいで、空を飛ぶのに使う魔力もキツイのだろう。
「ここからは私の仕事だね」
本来ならトイニとミユの魔力も攻撃に使う予定だったのだが、思ったよりオオベンケイの切り札の範囲が広く二人のリソースを防御に使わせてしまった。
「豪爆炎鳳」
リースが最後の詠唱を口にすると、巨大な炎で出来た鳳凰がオオベンケイに突撃しその周りを一面のオレンジに染め上げていく。だが、それでもトイニらの分が足りなかったのかほんの少しHPが残ってしまっている。
「土遁・地沈降下」
「!?」
「直接当てても効かんだろうが、これならいけるだろ」
分身が印を結ぶと、オオベンケイの下の地面が急に変形しダメージから膝をつこうとしたオオベンケイの体勢をさらに崩す。普通に攻撃忍術を使っても普通の攻撃と同じく、まず有効打にはならないが地形を変えるのなら関係ない。
「この武器だけは本物だったようだな」
オオベンケイの背中に抱えていた大薙刀。他の武器は奪おうとするとすぐに消えてしまうのだが、これだけは分身のライトが握っても消えなかった。といっても振り回すだけの筋力はないので、大薙刀を地面に突き刺し、その上に重力の力を借りて貫通させたのだが。
「良い勝負だったぞ……強き者よ」
お決まりのセリフを言い残して消えていくオオベンケイ。洗脳中にオオベンケイを倒した時も最後はこのセリフを言い残して消えていったのを覚えている。
「ほれ、終わったぞ」
「は……ハハ」
分身がとどめを刺したのを確認し、親指でその方向を指すライトに、シラたちは乾いた笑いで答えるしかないのであった。