第百六十八話 情報交換
「……知らない天井だ」
次にライトが目を覚ました時、そんな言葉が自然に口から漏れた。よくある冗談ではなく、本当に知らない天井が目に入って来たのだ。さらに、背中から感じる肌触りはベットのものではなく、日本人が慣れ親しんだ布団のそれであった。
天井の造形も日本家屋のものに酷似しており、まるでAWOから現実に戻って来たかと錯覚するが、よく考えれば現実の体は病院にでも寝かされているはずで、こんな旅館のようなところにいるはずはないだろう。
そこまで考えを巡らしたところで、
「やあ、やっと起きたみたいだね。まる二日は寝てたよ」
横からリースの声が聞こえた。ライトは慌てて体を起こそうとしたが、全身が筋肉痛のような、それでいて微妙に違う痛みにうずくまってしまう。
「ああ、無理をしない方がいいよ。今は魂に傷が入っているようなものだからね、しばらく激しい戦闘は禁止だね」
「魂に傷……? いや、それよりここは?」
魂に傷という言葉も気になるが、それよりもここはどこなのか知る方が重要だろう。いつもならあっさりと思い出せる筈の記憶も、ロズウェルと闘ってからの記憶はぼんやりとして思い出せない。
「ここは第7の街だね、確か名前はノイフとでも言ってたかな。現実じゃなくてがっかりした?」
「少しな。それにしてもよくこんな宿があったな、リースがここまで運んでくれたのかい?」
そこまで質問したところで、部屋の外からドタドタと誰かが廊下を走る音が聞こえたかと思うと、ガラリと襖が勢いよく開けられた。
「うおっ!?」
「ライト! 目が覚めたのね!」
「マスター! 無事だったのですね!」
廊下から飛び出してきたトイニがライトに抱き着き、その肩越しから見えるのは安堵した表情のミオであった。
「本当に良かった……もう目を覚まさないんじゃないかと思ったんだから」
「心配かけちまったみたいだな」
涙目になりながら話すトイニを見て、その頭を撫でてやると彼女は安心したようにライトの胸に顔をうずめていたが、
「ホントに起きてるじゃねぇか!」
「うひゃあ!?」
遅れてやってきたセイク達の声に驚き、飛び跳ねるようにライトの元から離れた。
「もう体の方はいいのか?」
「なんとかな、しばらく激しい戦闘は難しそうだが立って歩くくらいなら問題ない」
実際にはまだ体が痛いが、今は情報が欲しい。ライトはミオに手を貸してもらいながら立ち上がると、セイク達に連れられて廊下に出るのであった。
「起きたんだネ、ライト!」
「起きていたのか、ロロナのやつが探索を早く切り上げようとした嘘だと思っていたが」
「もー、そんなウソつかないヨ」
高級旅館のような廊下を歩いていると、向かいからロロナとヴィールの二人が探索帰りといった格好で歩いてきた。新エリアということもあって、攻略組の幹部としての調査をしていたのだろう。
「ついさっき起きたばかりでな。ここしばらくの記憶がおぼろげなもんで、何があったか教えて貰えないか」
「じゃああの闘いの記憶はないってことか」
「大変だったんだぜ、俺たちフルパーティでライトと闘ったんだからな」
「まあまあ、そういう話は食事しながらにでもしましょ」
「そうそう、もうボクお腹ペコペコだヨ」
人数も揃って来たところでライトが情報を集めようと切り出すが、ロロナとリンに催促されて宴会場のようなところに通される。既に食事の用意はできているようで、着物女性のNPCが全員分のお膳を並べ終えていたとこであった。
「今回は西のエリアの方の探索をしたが、そっちはどうだ?」
「東の方のマッピングは大体終わったわよ」
「あっちは剣士系モンスターが多いから、前衛で固めて魔法打つのが有効そうね」
「ただ、動きは速いし攻撃力もかなり高いからそこは注意だな」
各々がそれぞれの報告をしているなか、妙に手持ち無沙汰なライトが隣に座るトイニに視線を移すと、茶碗蒸しのようなものをほおばっていた彼女もこちらに気が付いたようだ。
「どしたの? 茶碗蒸しなら上げないわよ」
「そんながめつくねぇよ。それより俺がロズウェルと闘ってからのことが知りたくてな、何か知らないか」
「それについては俺が代表して話そう」
トイニが茶碗蒸しを隠すようなそぶりを見せていると、ライトの事情を察したヴィールがこれまでの顛末を説明してくれた。そのおかげもあって、ぼんやりとしていた記憶も多少は戻ったがまだ完全とはいかない。
「こっちが話すことは話した。次はそっちの番だぜ」
ヴィールの言いたいことは分かる。言外に“なぜライトが第六のボスになっていたのか”について話せと言っているのだ。だが、正直に神の力について話しても理解されるとは思えないので、そのあたりについてはぼかして話したが。
「ふむ……なるほどな」
(これ以上の詮索はされなさそうだな)
ヴィール含め、神の従者について知らない者からすれば、ほとんど情報が増えていないようなものだが、ライトが知らないと突っぱねてしまえばそれを追求することも出来ない。
「ま、悩んでも分からない事は検証班が揃ってからにシヨ」
「それもそうだな。まだライトも本調子じゃないみたいだし、また明日考えようぜ」
押し黙った時間がながれるも、とりあえずこの場はセイクの一言で解散することになるのであった。